TAKUSHOKU-University 拓殖大学 機関リポジトリ
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A Study on the Merchandising Price Policy ―Relationship between Price and Merchandise Strategy―
マーチャンダイジングは,本来,商業経営における領域である。小売店の価格は,消費者に対して商品やサービスを提供する際の販売条件として捉えることができ,売り手側にとっても買い手側にとっても極めて重大な関心事である。
売価政策を研究するにあたっては,価格と品質とのあいだには絶えず関連性を持っており,価格については価格だけを,あるいは品質については品質だけを,それぞれを個々に捉えてみても,経済的にはあまり意味がないと言える。売価決定にあたって考慮すべき要因としては,基本的に「需要」,「コスト」,および「競争」の3つに大別され,どれを重視するかによって,販売価格が決定される。
店内におけるマーチャンダイジングでは,どこの売り場をどのようなネーミングで標記して編集するか,どんなコンセプトで商品を集積して売り場展開をするのか,慎重に判断することが求められている。売るべき魅力のある売り場や商品を揃えることであり,売り場や商品をいくつ陳列させることができるかが重要である。
マーチャンダイジングの課せられた使命の一つとしては,品揃えで売れ筋を編成することにある。小売業では,競合他店に対して,どのようにして差別化をして,顧客満足に繋げることができるかである。品揃えでは,販売目的による特性として,「売れ筋商品」,「売り筋商品」,「見せ筋商品」の3つに区分して説明した。しかし,小売業の販売活動にとっては,売れ筋商品や売り筋商品のような効率のよい商品だけで品揃えすることは,売り場を展開するうえで不可能である。
本稿は,小売業における売価政策と商品戦略との関係について,マーチャンダイジングの領域の一部門として捉え,健全な商業経営(commercial management)を成功させるための効果的な活動について研究を試みて,論じたものである。departmental bulletin pape
Japanese Continental and Colonial Policy as Seen by French Intellectuals(4) : “Chinese Incident” and Asia Policy of France
本論文は、支那事変勃発以降、日本の大陸政策・植民地政策に対するフランスの政治家と政治評論家の立場と見解を調査・分析するものである。フランス政府は基本的に日本の大陸政策を「侵略」として非難したが、政治家にも知識人にも、親日派がおり、また親中派がいて、意見はまとまらなかった。親日派は、必ずしも反中ではなく、日本の大陸政策を擁護、支持しており、フランスの国益から見て日本の拡大は、東アジアにおける共産主義の拡大に比べればそれほど危険でないと評していた。しかし、親日派と親中派の対立は激化し、また親日派にとっても、日本の領土拡張はインドシナの心配の種になってきた。本論文では、一九三〇年代後半期におけるフランスのアジア政策とその反響を検討する。departmental bulletin pape
Can Understanding Change Personal Attitudes for Waste Segregation? Evidence from Kota Kinabalu, Malaysia
departmental bulletin pape
Infrastructure Development in Developing Countries : Choice between Public Finance and Public Private Partnership (PPP) in the Philippines
拓殖大学博士(国際開発)2020doctoral thesi
ESG Investment and certified B Corporations of publicly traded companies in Japan
世界的にESG投資が注目されており,わが国も例外ではない。わが国の上場会社においてESGの取り組みがなされ,開示もされるようになった。本稿では,わが国の上場会社がESG に取り組む場合にB Corp認証を取得することの可能性を検討した。わが国において投資家や企業に対するESGの意識を促すきっかけとなったのは,スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードの策定である。そこで,まず両コードの内容と改訂について説明し,次に金商法改正による有価証券報告書の非財務情報開示に言及した。わが国の上場会社の中には,B Corpの認証を取得した子会社を有する会社もあるが,親会社である上場会社自身は,B Corpの認証を取得することに興味を持ってはいないようである。実際に上場会社がB Corp認証を取得するのは容易ではないが,この認証制度を運営しているB Labは,近年,上場会社が認証取得しやすいように色々な工夫をしている。その工夫により,認証取得自体は時間もかかり大変であるとしても,認証の前提となるBIAの利用は容易になってきていると考える。departmental bulletin pape
Corporate Growth in Social Technology and Economic Effects on the Market ―Impact of Technology on Enterprises and Economic Benefits―
科学が技術的進歩を遂げた20世紀末には大量生産時代(工業社会,または大工業時代とも言える)には,生産量が増加すればするほど現実的な財の創造は,労働時間と充用された労働の量とに依存するようになるが,むしろ労働時間中に様々な作業の重要さに依存するようにもなる。これらは,生産に要する労働時間に比例しない。むしろ科学技術の発展,進歩による様々なモノに依存するようになる。
本研究では「社会技術における企業の成長と市場の経済効果」に関して,既に拙稿した報告も含め再考する。特に,ICTサービス業界の動向からその経済的効果の検証に試みる。さらに,IT化による社会の変化,技術による企業成長,特に,ICTサービス業界の変化への影響に関し若干述べる。departmental bulletin pape
A Basic Analysis of the Auxiliary Word “ah” in Taiwanese Mandarin : An Example of “ah ni” in Taiwan Apple Daily
本稿は,台湾華語の句頭語気助詞「啊」を用いる表現に対して初歩的分析を試みることを目的とする。分析方法は,蘋果日報の記事中でかぎ括弧を用いて記録された「啊」を含む実例から,「啊你」で始まるフレーズ200例を対象として,閩南方言に対する先行研究が指摘する「啊」が有す,尋ねる意味を強調する・突出した感情を表すとの二つの意味を参考として,台湾華語の「啊」が閩南方言から台湾華語へ転移したものなのかを検討し,同時に用法に対して考察を加えた。結果,台湾華語の「啊」が示す意味は,閩南方言の先行研究が指摘の二つのいずれかを意味しており,実例より「啊」は閩南方言から台湾華語へ転移したものだと結論付けた。用法の特徴としては,疑問の表現では,話者は相手に対して今話題となっている事柄に強い関心があることを示し,かつ相手から回答や反応を聞き出したい目的や思惑が込められているものと考えられた。一方,陳述の表現では「啊」の後文に感情面を直接的に描写する語彙が同時に出現する特徴が見られたが,このような語彙はそれら自体だけでも感情面を一定程度表すことができるため,これらが「啊」と同時に使われることで,「啊」がある場合とない場合では,それが突出する感情面の表現に対しどれほどの差異となりえるのか,さらに言えば「啊」の有無による表現上の違いの境界線については,更なる言及が必要であることを指摘した。departmental bulletin pape
Social Educational Organizations and promotion of Japanese Language in Taiwan under Japanese Rule : Focusing on the Case of Ooka Shoo Village in 1920s
日本統治期の台湾において「国語」は日本語であり,その普及は日本語教育史の一頁に位置付けられる。1943年まで台湾人に対する義務教育が施行されなかったため,台湾人児童の就学率は一貫して低く,国語普及率も1930年代まで20%台に止まっていた。この状況を打開すべく,地域(街庄)の社会教育施設として「国語講習所」が設置された結果,国語普及率は80%にまで上昇した。
国語講習所が日本統治期の台湾の日本語普及に果たした役割は先行研究で明らかになっているが,これに先立ち1920年代に実施されていた「国語練習会」等の国語普及事業は,資料の制約もあって研究が進んでいない。そこで本稿では,台北州海山郡鶯歌庄の役場で作成された地方行政文書「鶯歌庄文書」を利用し,1920年代の同庄における国語練習会の運営実態等を考察した。
国語練習会は,街庄の上級機関である郡の監督の下,台湾人地方エリート層が主導する教化団体「同風会」が実施した主要事業の一つであった。予定通り実施されないことも多く,実施されても年50 時間に満たなかったため,期待されたような効果が上がったとは言い難いものの,国語講習所制度につながる地域社会の実践として,日本統治期の台湾の日本語普及に一定の役割を果たしたことが示唆された。departmental bulletin pape