Kyoto Women's University
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社会的なものの系譜と統治性・序論
フランスの社会学者ドンズロ(Donzelot 1982)によると、社会的なものは統治のテクノロジーとして発明されたという。とすれば、統治性の水準で社会学の歴史を記述することができるはずである。本稿はそうした試みに着くためのきわめてラフなスケッチである。統治性はフーコーの中期の概念であるが、奇妙なことに社会的なものが発見され、社会学が誕生した時期についての統治性についてフーコーはほとんど触れていない。社会学が誕生したとされる19世紀がほとんど無視されているのである。したがって、フーコーの方法を社会的なものの水準に置き直して歴史をたどり直す必要がある。19世紀半ば、社会的なものは社会問題として認識され、社会主義思想と近い関係にあったが、やがてそれは近代社会に付きまとう問題として定式化される。20世紀になると、アメリカ社会学の隆盛とともに、様ざまな要素が挿入される。しかし、社会的なものの分厚い層は次第に見出しづらくなってくる。社会的なものが見失われていくのである。これが社会学にとって何を意味するのか、しっかり見定める必要があろう。 According to the French sociologist Donzelot (1982), the social was invented as a technology of governmentality. If so, we should be able to describe the history of sociology at the level of governmentality. This article is a very rough sketch to arrive at this attempt. Governmentality is a concept of Foucault's middle period, but strangely enough, when something social was discovered and sociology was born. Foucault makes little mention of the governmentality of the period. The 19th century, when sociology is said to have been born, was the birth. They are being ignored. Therefore, Foucault's method can be replaced at the level of the social and history, we need to start over. In the middle of the 19th century, the social were recognized as social problems, and they were closely related to socialist thought. However, it was eventually formulated as a problem that haunts modern society. In the 20th century, American sociologist with the rise of learning, various elements were inserted. However, the thick layer of the social gradually becoming difficult to find. The social is being lost. What does this mean for sociology? It will be necessary to grasp this situation
養護教諭に求められるICT活用指導力
養護教諭は、学校保健に関する校務で日常的にICTを活用している。また、近年では保健教育の授業や指導を行う機会が増えてきていることから、養護教諭も教科等の授業を担当する教員と同じように「授業にICTを活用して指導する能力」を向上させることが必要となってきている。養護教諭を対象にICTの活用状況を調査し、養護教諭に求められる「ICT活用指導力」の実態を明らかにした。調査の結果、経験年数や校種によって、ICT活用指導力に違いがあることが判明した。また、学生の結果との比較により、養成段階において「ICT活用指導力」を育成するための授業や取組を経験することが、養護教諭のICT活用指導力を高めることにつながることが示唆された
中高連携を視野に入れた「音楽科教育法」ならびに「教職実践演習」に関する一考察 : 高等学校芸術科音楽の教材分析とその指導法
本稿は、中高連携を視野に入れた「音楽科教育法」ならびに「教職実践演習」について、高等学校芸術科音楽の教材分析を行うとともに、その指導法について考察するものである。具体的には、「音楽科教育法」の授業において学生に高等学校(以下、高校とする)での芸術科音楽の履修度を調査し、実際に高校の音楽の授業でどのような曲を習ったのかを明らかにした。その上で、高校の授業で取り上げられることの多かった曲について、なぜ多く取り上げられるのか、その要因について分析した。さらに、「教職実践演習」の授業では、教育実習で学生たちがどのような曲で研究授業を行ったのか調査した。それらのアンケート調査をもとに、高校における芸術科音楽の指導法についての提案を行った
モーツァルトの幻想曲とピアノソナタの研究 : ハ短調K.475とK.457を中心に
モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-1791)のピアノ曲において,作曲家として転機となった時期に編み出された4曲の幻想曲《K.394》《K.396》《K.397》《K.475》を取り上げ,それらを創造する中で進化したとみられる作曲技法を分析する。さらに《幻想曲K.475》と一対の作品である《ソナタK.457》を精査することで,一般に〈モーツァルトらしさ〉と言われている音楽の真相を紐解く。また,それによってJ.s.バッハ(Johann sebastian Bach 1785-1750)から受け継ぎ,べ一トーヴェン (Ludwigvan Beethoven 1770-1827)やロマン派の作曲家たちにリレーした音楽的遺産についても言及する
G. ホルスト《吹奏楽のための第1 組曲》より〈シャコンヌ〉のフレキシブル編曲版の分析 : フレキシブル編成合奏の課題と教育的側面
本研究の目的は、G. ホルスト作曲《吹奏楽のための第1 組曲》のS. スタントンによるフレキシブル編曲版の分析を通して、フレキシブル編成合奏の課題と、その教育的意義について明らかにすることである。第1章では、少子化の影響によって古典的レパートリーを演奏できなくなりつつある吹奏楽部の現状について、第2章ではフレキシブル編成の概要について述べる。第3章では、ホルストによるオリジナルとスタントンによる編曲版を、主に楽器法の観点から分析する。それを受けて第4章で、スタントンは①楽器法に関する工夫②教育的工夫という編曲上の2つの工夫によって、4声部という限られた編曲のパレットの中で、また中高生にも技術的な無理のない範囲で、原曲を再現しようとしていると結論づけた
小学校国語科における個別最適な学びと協働的な学びの実現に向けた検討 : ロングレンジの学習活動を位置付けた授業実践の開発
個別最適な学びと協働的な学びの実現を目指す上では,学習者自身が学びを最適なものに調整することができるような手立てを講じることが重要になる。本論考では,小学校国語科の授業改善を通し,具体的な学びの姿として,子供たちが魅力的なゴールに向かって自律的に学び進めるロングレンジの学習活動を提案するとともに,実践事例を元にその実現のための手立てを検討した