Kyoto Women's University
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学校におけるリズム系ダンスにかかわる検討課題
平成10年の学習指導要領の改訂において,表現運動・ダンス領域に,リズムダンス・現代的なリズムのダンスが導入された。以後20年以上が経っているが,未だに学習内容,指導方法,評価方法等について,議論が絶えないといわれている。本稿では, リズム系ダンスにかかわる検討課題として, まず「リズムにのる」ことに着目して,先行研究をもとに考察を進めた。その結果,「リズムにのって自由に踊ること」の難しさが示唆された。また,「リズムにのる」ことは,「音楽のリズム」と「動きのリズム」の「共調」・「一体化」として捉えられること, リズムにのれていない場合にも, リズムにのれている場合にも段階があることを確認した。リズム系ダンスが導入されて以降, 学習指導要領の解釈として, 自由な動きや振り付けをよしとする傾向があったが,「音楽のリズム」と「動きのリズム」の「共調」・「一体化」を目指して,学習主体が体験を積み重ねていくためには, 従来, 既存の「動き」「ステップ」「振り付け」とされてきたものも含め, 多様な「動き」の教材が望まれることが明らかになった
演劇における自己と他者の「あいだ」 : 中村雄二郎と木村敏を手がかりとして
教室という場や子どもと対峙している場において、教師と子ども、あるいは子ども同士のあいだに織り成される関係性のありようへの感受性を高めることが、教師の専門性としての教育的タクトの涵養の手立ての一つであると考えられる。対人関係的アフォーダンスの視座をもちつつ、関係性への感受性をいかに高めるかが重要となるが、本稿ではそのための予備的作業として、まず、筆者自身が演じてみたことで経験した自己と他者との「あいだ」に生じた出来事について、原理的に検討を行なう。具体的には、演じた場面の生きられた経験の記述をもとに、中村雄二郎の演劇的知にかんする議論、木村敏の「あいだ」についての議論を参照することで、演じることで自己と他者の「あいだ」にどのような出来事が生じるのかを検討する
戦争文学教材をどう読み深めるか : 演劇的手法を用いた「一つの花」の授業実践から
本稿では、戦争を知らない、またその背景となる歴史を習っていない小学校中学年児童を対象に戦争文学教材「一つの花」を読み深めるための手段の一つとして演劇的手法を取り入れ、その実践について提示している。筆者は戦争文学教材を読み深めていくにあたって、戦時中と現在の個人または国家の考えや状況の違いを理解した上で本学習にあたることが重要であると考えており、本学習が国語科授業における文学的文章の学習指導のみに留まらず、過去や現在起きている戦争について、また平和を考える機会となるような授業改善を行っていくことが引き続き必要であると主張する
地方自治体における公会計情報の活用と制度ロジック : A市の事例分析結果から
1980年代から、わが国では従来現金主義で行われていた公会計に発生主義を導入するいわゆる公会計改革が行われてきた。NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)の考え方に基づけば、公会計情報は、内外の利害関係者への説明責任を果たすための情報として利用されるだけでなく、地方自治体のマネジメントに活用されるべきであるが、今日においても、公会計の「マネジメント活用」が進んでいるとはいえない。そこで、本稿においては、わが国において公会計情報がマネジメントに活用されていないのはなぜかについて、A市における事例分析を通じて、公会計情報をマネジメントに活用することに関連する制度ロジックの複雑性を検討した。これにより、行政管理ロジックと財務ロジックという制度ロジック間にコンフリクトが生じていることが明らかとなったが、それが、公会計情報の活用が進まない原因となっている可能性がある。Since the 1980s, we have implemented so-called public accounting reform, which introduced the accrual accounting system to public accounting in Japan. According to the idea of New Public Management (NPM), public accounting information should not only be used to fulfill accountability to domestic and international stakeholders, but should also be utilized for the management of local governments. However, even today, the "management utilization" of public accounting has not progressed. In this paper, I examine the complexity of the institutional logic related to the utilization of public accounting information for management through a case analysis of City A to find out why public accounting information is not utilized for management. This study reveals that there is a conflict between the institutional logics of administrative management and financial logic, which may be the reason why the utilization of public accounting information has not progressed