Bukkyo University
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“The Madman’s Transnational Journey: From Zhou Shuren’s Encounter with “Madman” to His Kuangren Riji( “Diary of a Madman”)
本論で述べる所の〈狂人の越境の旅〉とは、周樹人が留学期に〈狂人〉と出会ってから彼が「狂人日記」を創作し、それによって〈魯迅〉となった精神的過程の側面であり、前論で完成した〈狂人精神史〉という背景を基礎にし、「摩羅詩力説」から「狂人日記」の間の叙述の空白に対する補述である。筆者が考えるに、この両者の間には、まだ有機的に関連した説明は乏しく、文芸作品の翻訳と批評が組み立てたものと周樹人が伴っていた〈狂人の越境の旅〉は、ちょうど両者の間の精神的な?がりを成している。本論では周樹人がこの過程で〈ゴーゴリ〉と三種の「狂人日記」に出会った現場を明らかにし、ニーチェの言説の下の〈ゴーリキー〉と〈アンドレーエフ〉と〈チェーホフ〉の〈インスパイア〉、〈狂人美学〉の確立過程から、〈明治のロシア文学〉の精神と創作の実践意義までを取り上げる。周樹人は翻訳を通じて、言葉の意味を超えた〈狂人〉の〈境〉の移植を実現した。「狂人日記」は〈狂人の越境〉の精神的到達点であり、??歳の周樹人がもたらした新たな一ページの始まりでもある。狂人日記周樹人ゴーゴリゴーリキーアンドレーエ
Poverty and the Sources of Self-Responsibility Theory : The Disappearance of Begging Practices and the Transformation of the Popular Consciousness
日本社会は諸外国に比べ貧困を「自己責任」と考える人が多いという特徴があるが,そこには根深い歴史的構造があると考えられる。本稿では日本の近世から近代における「物乞い慣行」(乞食)の消滅化の検討を通して,民衆の生活規範の変容と自己責任的規範の形成について考察を行った。貧困の自己責任的規範は,近世中期から「通俗道徳」の台頭と勤労観の変容によって形作られたが,それは「乞食」を自己責任と見なし,批判の眼差しにおいて典型的に見られた。近代社会の進展とともに「物乞い慣行」は消滅していくが,その背景には資本主義社会の確立にともなう生活規範の変容に加え,国家権力による“乞食取締り”などの政策がその消滅を促進させた。一方,近世後期に広がりをみせた勤勉・倹約の「通俗道徳」は,近代社会において救済を求めず主体的に「自力更生」に努める「よき国民」の国民道徳として再編成された。近代日本の強固な自己責任的規範は,近代国家の規律型権力と資本主義的生産様式が呼応することで形成されたと考えられる。貧困自己責任牛首乞食相互扶助通俗道
What is the Perspective of Understanding Learning in Early Childhood Care and Education from the“ children’s side”? : Focus on the Concept of Bildung
幼児期の学びの理解や評価をめぐっては,「何をどのように学ぶのか」という視点から学びを具体的な姿や能力からとらえようとする立場に対して,「子どもの視点に立った」アプローチが存在している。本稿では,そのようなアプローチと問題意識を共有したうえで,「子どもの側」から乳幼児期の学びをとらえるとはどのようなことであるのかについて,理論的な検討を行なった。その際,「子ども自身が行うこと」から乳幼児期の学びを記述するための概念として位置づけられているGerd E シェーファーのBildung概念を手がかりとした。検討の結果,乳幼児期の学びは一人ひとり異なる「その子」にとって主観的に意味あるものを形成していくオープンエンドなプロセスであり,そのようなプロセスを読み解くために,子どもが経験を内面化・組織化して世界像を形成するときに用いる感覚や思考が概念化されていることが明らかとなった。乳幼児期の学びBildung(ビルドゥング)子どもの視点学びの理解ドイツの保
A Study of Assessment of Moral Education : Focusing on Gakusekibo (Cumulative Student’s Records in Prewar Japan)
研究ノートにおいては,戦前日本において教育評価の法定表簿であった「学籍簿」の分析を通じて,歴史上に蓄積された道徳教育における評価のあり方を探ろうとした。まず,学籍簿誕生以前の歴史を探り,とりわけ「修身科」の評価の実際を示した。学籍簿誕生とともに,学業成績欄に設定された「操行」欄と「修身科」との拮抗関係を明らかにすることによって,道徳教育の評価が抱える困難性を明らかにした。また,訓育と「修身科」との関係認識についても,今後の課題として明記した。道徳教育教育評価学籍簿修身科操行査
Problem of Koryokuk Shinjo Daejangkyochong Byollock(『高麗国新雕大蔵校正別録』): Focusing on Itivrttaka-Sūtra Volume 3
The Re-Establishment of the Community Care for the Elderly under the Changing Culture of Filial Piety
「孝」は中国家庭養老(家庭内で老後生活を送ること)実現の文化的基礎と施行規則である。本論文は「孝」文化及びその家庭の世代関係の特徴と制度配置と「孝」文化が現代的転換の背景の下の中国朝鮮族居住地域にある家庭の老後秩序の中にある「変」と「不変」を捉え,「孝」と「養」のアンバランスと政府の対策を考察する。さらに家庭の世代関係の需要に基づき,家庭養老支持政策の再構築の考えを提案し,転換期にある中国地方政府が有効に人口高齢化に対応するための課題を提示する。「孝」文化の現代性家庭の世代関係朝鮮族の「孝」文化家庭養老支持政
The study of the mythology of Osumi Shohachiman gu Shrine in Nagato version of Heike Monogatari : Based on the legend of Mt. Rokugo
『平家物語』の伝本のひとつである長門本には、他の諸本に見えない独自の地方説話群が記され、それが長門本の成立状況を解明する鍵として研究されてきた。本稿では、そのような地方説話群の内、大隅正八幡宮縁起を取り上げる。長門本の大隅正八幡宮縁起には、中世期の「八幡御因位縁起」を始めとする諸資料に見えない、独自の記事を有するが、その独自記事と内容が共通する資料として、六郷山縁起類がある。そこで本稿では、まず長門本と六郷山縁起類の本文の比較を通して、長門本の大隅正八幡宮縁起が、長門本独自の異伝ではなく、近世期に大隅正八幡宮の歴史を語る正統な縁起であった点を指摘する。その上で、その縁起の内容が変容した背景を、中世後期の大隅正八幡宮における社殿の炎上とその再興によるものであると結論付けた。長門本『平家物語』『八幡御因位縁起』大隅正八幡宮六郷満山『六郷開山仁聞大菩薩本紀