Bukkyo University
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Research on the Development of Shoe-Mounted Ankle Assistive Orthosis Devices
我々は下肢機能障害による歩行能力低下に対する歩行支援システムの開発に関する研究を行ってきた.今回,新たに軽量で簡易な構造をもつ靴装着型の足関節補助装具を開発した.この装具は,疾患や加齢により下肢機能が低下した幅広い対象者の歩行支援を目指して構造設計を行った.装具による足関節の制動目的は,歩行の立脚初期と遊脚期における足関節底屈制動とした.また,装具の主要構成体に可撓性のある材質を用いることで,主目的である足関節の底屈制動を行いつつ,足関節・足部の本来の複合的な運動を保証することを可能とした.開発した足関節補助装具の有効性を検証するため,下肢障害のある有疾患者を対象とした歩行評価を行った.その結果,装具の制動目的である立脚初期および遊脚期の足関節の補助が適切に行われ,歩行動作の改善が認められた.装具足関節歩行支
Parent and Child Support in Nursery Schools for Child Abuse Prevention
本稿は,虐待予防の社会的啓発による関心の高まりの中で,児童虐待発見へのまなざしの強まりは,虐待という概念の捉え方を押し広げていないか,育児の不十分さや混乱として許容し,援助・支援していくという視点が意外なほど欠けていないか。また,育児の不十分さや混乱を抱える親が安心して相談でき,親として成長できるような「支援」型の子育て支援が求められているのではないか。その点で,保育所における虐待関連事案への支援・援助の実際に学ぶべきものが多いことを明らかにしたいと考えた。そこで,修士論文作成の過程で行った保育所・保育士へのアンケート調査のうち,まだ検討が不十分であった自由記載欄の回答の再分析を行い考察した。子育て期の家族が「次のステップ」へと踏み出すための「保育」を生活に織り込んでいき,リスクや育児の不安や混乱,虐待の芽を予見し,親子が必要とする「レジリエンスを生みだす場」を保育所の生活から引き出し,作り出していくことが求められていることがわかった。児童虐待保育所保護者支援子どもの貧困レジリエン
“Community of Welfare Services and Significance of Subject Formation”- Based on the Organizational Characteristics and Practices of the Health and Welfare Co-op
本稿は,政策主導の地域包括ケアシステム推進強化の時代において,本来の社会福祉の意義を捉えなおし,生活者主体へ転換するために何が必要なのか明らかにすることである。筆者は,福祉サービスにおける「共同性」の過程を重要視し,それを事業と運動の組織運営の仕組みとして活かしている「医療生活協同組合」に焦点をあて,先行研究と所属していた医療生協での一実践を基に,生活者(利用者)と職員(提供者)の「福祉サービスの共同性」による双方の主体形成とその意義を明らかにした。社会福祉は公的責任にあるが,その主体はあくまで,社会的生きにくさを抱える人も含めた全ての生活者(利用者)にある。その生活者(利用者)の思いやくらしに協同する形で,職員(提供者)が同じ組合員として共同しながら主体形成を発展させている仕組みは,他の社会福祉基礎構造改革以降の福祉現場においても普遍化でき有用であると考える。福祉サービスの共同性主体形成公的責任地域包括ケアシステム医療生
Area Study on Sustainability Utilizing Biomass Resources: The Case of Yusuhara Town, Kochi Prefecture
本稿は,本格的に少子高齢化社会を迎えた我が国において,持続可能な地域モデルを構築する条件は何かを明らかにするため,主に環境政策を柱としてまちづくりを進めている地域を具体的に取り上げて,その成果と課題について研究した結果をまとめたものである。中でも多くの中山間地域にとって現在ではむしろ地域運営のマイナス要因となりがちな森林資源に着目し,バイオマス材料としての可能性について検討した。本研究ではその典型的な事例として環境モデル都市に選定され,国内でも高い評価を得た高知県梼原町について,町史,関係機関への聞き取り調査などを基に詳細に調査した。その結果,同町の政策実行能力の高さが,町長のリーダーシップや伝統的な区長制度の有効性に由来することが明らかになったとともに,今後,持続的にこの政策を発展させていくことの困難性と課題が浮き彫りになった。バイオマス資源持続可能性人口減少社会ソーシャルキャピタ
North Tajima Earthquake (1925) Damage and Rescue in Tai
本研究は大正14(1925)年に発生した北但馬震災について、「田結村文書」から兵庫県港村田結の震災被害の状況と救護活動を読み解いたものである。震災は震源地に近い田結の住家を倒潰させ、甚大な被害をもたらした。田結では震災直後に全戸におよぶ被害調査を実施し、詳細な記録を残している。その調査をもとにして罹災民への支援品や御救恤金・義捐金の分配といった救護活動が行われたとみられる。「田結村文書」の記録からは田結の集落の規模に合わせた震災対応の手法がみえてくる。またこの文書の存在により、こうしたミクロ単位での調査が同時代の災害において他の町村でも行われていた可能性が示唆される。ミクロ単位の調査を基として地域全体の被害状況を把握したと考えられよう。北但馬震災田結村文書震災被害救護活
Hōnen’s Interpretation of the Ōjōyōshū, and Its Succession and Deepening by Ryōchū : The Bodhi-Mind
良忠の作とされる『往生要集義記』では随所に法然の言葉が引用され、法然の『往生要集』解釈がその全体を通して貫かれていると考えられる。法然の言葉や釈書を引用した箇所に関しては様々な研究があるが、そのような引用文でない箇所については、これまで具体的な検討はなされていない。本検討では『往生要集義記』において、法然の言葉が直接引用されてはいないが、その意味内容から法然の解釈が関連していると考えられる箇所を取り挙げる。すなわち『往生要集』の「作願門」及び「惣結要行」における菩提心を解説する際、法然の『往生要集』解釈を踏まえてその立場を補足する解説がなされているのである。そこには法然の『往生要集』解釈を継承し、深化させようとする姿勢が見られる。『往生要集義記』のさらなる理解には、このような法然法語の引用がない箇所をも考慮していくことが求められるのである。良忠法然『往生要集義記』『往生要集』菩提
On Pottery Urn with Four Stories of Filial Piety in Sancai Glaze; in the Possession of Zhèngzhōu dà xiàng tàocí bówùguan, Tableaus of Accounts of Filial Offspring in the Tang dynasty
小稿は、孫彬、黒田彰の共同研究に成る、「大象陶瓷博物館蔵三彩四孝塔式缶について―唐代の孝子伝図―」の日本語版である。黒田はかつて、陝西歴史博物館藏の三彩四孝塔式缶に、極めて珍しい唐代の孝子伝図が描かれていることを報告したことがある(『孝子伝の研究』年II二。初出平成12年10月)。その後、深圳の望野博物館、鄭州の大象陶瓷博物館にも、極めてよく似た二遺品の存在することが判明し、小稿は、その報告を兼ねつつ?陝西歴史博物館蔵のそれとの関わりなど、新出遺品の学術的意義を論じたものである。なお小稿は、二〇二〇年九月五―七日に、鄭州市で開催が予定されていた、中国古陶瓷学会、唐三彩与奈良三彩学術研討会に提出された論文「関于大象陶瓷博物館蔵三彩四孝塔式缶―唐代孝子伝図」の日本語版となる筈であったが、新型コロナウィルス感染症の流行のため、当該研討会が延期となり、提出時点において未開催となっていることを付記する。大象陶瓷博物館蔵三彩四孝塔式缶望野博物館蔵三彩四孝塔式缶陝西歴史博物館蔵三彩四孝塔式缶唐代孝子伝図曾参・郭巨・董永
Taishi no koppou kore jinshin no sou ni arazu : "Kaigo" by Koujin in the Latter Half of "Ôotsunomikoden" in "Kaihusou"
『懐風藻』大津皇子伝の「下位」は、易における爻の位置を示し、大津が上昇する時機を待つ状態にあることを表す象であった。ところが、行心は「このままでは身を全うできない」と占断し、「謀反」を進言した。懐風藻大津伝は、天命を受けた「長子」大津は、この行心の誤った提言によって「詿誤」され、天命を果たすことなく死んだ皇子だとする、日本書紀とは異なる独自の認識を示した。これは、天命を遂げる時を待つ「潜竜(竜潜)」の皇子として大津を造形する「後人聯句」および懐風藻序文と共通する認識である。大津皇子伝行心「下位「詿誤」「潜竜
Return to the Origin Tale Hán Péng On the Pictural Stone of Hán Péng, Collection of Mr. Wu(2)
敦煌出土の変文、韓朋賦が曾我物語と深く関わることは、早く昭和三十五(一九六〇)年に早川光三郎氏が指摘されていたが、以後少しずつ研究の進展を見つつも、変文(賦)と軍記物語との関係は、長らく謎のままであった。ところが、世紀の変わる辺りから、前漢に溯る漢簡の発見や、榜題(題記)を伴う画象鏡、画象石の出現が相次ぎ、また、変文(賦)の敦煌に留まらず、中国全土に伝播していたことを示す資料(北戸録、崔亀図注)が報告されるなど、二十一世紀に入ってから韓朋物語をめぐる研究環境は、一変した。小稿は、そのような文学領域の最新の研究成果を踏まえた新出の呉氏蔵韓朋画象石の図像解説を兼ねて、日中における韓朋物語の展開を時間軸として捉え、それを逆に溯る形で、漢代以前に作られたその原姿に迫りつつ、長年に亙る変文(賦)と日本文学との関係を明らかにしようとするものである。その図像については、『佛教大学文学部論集』105号(来年3月刊)に八‐十、三章分の続編を予定する。呉氏蔵韓朋画象石韓朋(憑)韓朋賦(敦煌変文)捜神記十一294曾我物語五「貞女が事「鴛お鴦しの剣つる羽ぎばの事