Bukkyo University
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Practical Research on Fostering the Ability to Perceive Changes in Phenomena
事象の変化を捉えるためには,関数の理解は不可欠である。しかし,以前より中学生の関数理解に課題があることが指摘されており,これまで[1]現象から変量を抽出する,[2]抽出された2つの変量を関連付ける,に関する研究(二澤,2020)では一定の効果が確認できているが,変化の割合の学習に関する研究には及んでいない。そこで,変化の割合の学習に関する横地(1962)の学習指針に基づき考案した教育実践案(二澤,2022)で実践を行い,教育実践前後の調査から教育実践の効果や課題を検討した。その結果,変化の割合を求めるための計算力に関し,ほとんどの生徒は問題ないこと,変化の割合と直線の傾きが一致することを理解するための素地ができている可能性があること,教育実践は変化の割合の理解にある程度の効果があること,しかし,変化の割合と折れ線グラフの各線分の傾きの関係(変化の割合と直線の傾きの関係)の理解は容易でないことなど,今後の課題を含めた知見を得ることができた。事象の変化を捉える力変化の割合折れ線グラフ傾き単位時
The Geometric Model for the Population-Proportional Allocations of Seating
アルトホフは,社会民主党の活動家である私講師アーロンスをベルリン大学から追放するため,ラーバントを同大学に商法担当正教授として招聘しようとした。これを察知した同大学の教員たちは,アーロンス法阻止,アーロンス追放阻止,ラーバント招聘阻止の運動を旺盛に展開するとともに,弾圧を志向する皇帝の恣意を容認しなかった。これをみて動揺したラーバントはベルリンへの赴任を見送る。アーロンスは結局追放されるが,こうした大学教員にたいする思想統制と弾圧をみたプロイセンの教員たちが,アーロンス法の及ばない他の邦国に流出するを避けるため,アルトホフは,大学の自治との妥協を余儀なくされる。大学の自治アルトホフラーバントアーロンスヴェーバ
Regarding “Shizhong- yihuo-men” of the Nianfo jing:In Relation to the Various Views of Cimin Sanzang Huiri
唐中期の浄土教典籍である『念仏鏡』(道鏡・善道共撰)には「釈衆疑惑門」という他宗派、他学派に対する論難がおこなわれる六項目からなる編目がある。この六項目の内、(1)「念仏対三階門」、(2)「念仏対弥勒門」、(3)「念仏対坐禅門」の三門はそれぞれ三階教、弥勒信仰、禅宗という批判の対象となる集団が特定できるのであるが、(4)「念仏対講説門」、(5)「念仏対戒律門」、(6)「念仏対六度門」などは、論難の対象が判然としない。特に(6)「念仏対六度門」という六波羅蜜を念仏に集約する編目については、対象となる学派が存在せず、編纂者の主観が反映されているとも言われており、本書の撰述背景を解明する上で重要である。 この問題については同時代の浄土教家である慧日との思想的連関を検討することで解明に繋がると思われる。具体的にはまず『念仏鏡』の成立に影響を及ぼした大行という浄土教家と、慧日の諸行観を確認する。ついで『念仏鏡』編纂者たちの諸行観を論じ、その上で(6)「念仏対六度門」の思想史的位相を解明していく。この作業によって本箇所の批判対象者が慧日であることが明らかになると予測される。大行『安楽集』『浄土慈悲集』六波羅蜜念仏三
Doubts Concerning the Abhidharmakosa VI, 1
『倶舎論』VI, 1cd は伝説の語が付加されていない非伝説句であるが、衆賢によって世親の法相の誤りが指摘される。本稿では、『倶舎論』VI, 1cd の分析を通して、衆賢の批判は妥当なのか。その批判を註釈家たちはどのように受け止めたのか。『倶舎論』の問題が何故起こったのかを検討した。結果、『倶舎頌』VI, 1cd が法相的に不適切なものであること、安慧と称友は衆賢の批判を把握しつつも誠実に説明や反論を行わないことを確認した。そして、当該の不適切な記述は『雑心論』の内容を誤ってまとめたことが原因である可能性を提示した。以上のことから非伝説句は世親が意図せずして有部にとって不適切な記述も含まれていることを明らかにした。つまり、説一切有部の教義を正しく理解する際には、『倶舎論』とその注釈書を参照するだけでは不十分であり、『順正理論』や『顕宗論』の参照が必要であると言えよう。『倶舎論』世親『順正理論』安慧説一切有部の教
Dharmakirti's and Vasubandhu's Momentary Theories, and Samkhya's Philosophy and the Later Madhyamika
ダルマキールティの Vadanyaya(VN)及びシャーンタラクシタの注釈(VNV)にはサーンキヤ学派によるドラヴヤとダルマとの関係すなわち転変説とサーンキヤ頌(SK9)に関する因中有果論とへの論難が表されている。これらはサーンキヤのYuktidipika(YD)における見解を論難するものと考えられ、一方、YD は転変を論じる際、因中無果論者ヴァイシェーシカへの批判と共に世親の『倶舎論』における刹那滅論に基づく因果論、本無今有説を取り上げ、また同論師の『縁起経釈』における竿秤の両端の上昇と下降との喩例に基づく生滅同時論を対峙させ自説を表している。VN における転変説に関する論点の中心は、YD における諸の指の形状と拳との喩例の吟味を通じドラヴヤとダルマとは別であるか別でないかを問うことにある。ダルマキールティは事物(vastu)に関して、同一性(tattva)あるいは別異性(anyat-va)以外の第三の選択肢はあり得ないことを論じ、論議の決着を付けている。その論法はシャーンタラクシタの TS、カマラシーラの TSP における有部の三世実有論への批判において作用とダルマとは同一か別かを吟味する際にも活用され、サンガバドラによる世親批判にも決着が付けられる。さらにその論法は後期中観派の離一多を立証因とする無自性論証にも、形象と知とを同一、別の点から吟味する唯識派の形象真実論、虚偽論への批判にも活用されたと見られる。なお、世親の滅無因説と YDの滅有因説との対峙は、同じくダルマキールティによる非刹那的なもの(aks. an. ika)の無作用を論じることにより決着させられる。また YD にはディグナーガによる「プラダーナは見られないから存在しない」に対する再批判が見られる。それに対しダルマキールティは無知覚(anupalabdhi)論により弁明する。この点から YD が著わされたのはディグナーガ(c.480-550)以降、ダルマキールティ(c.600-660)以前と考えられる。VadanyayaYuktidipika世親ダルマキールティシャーンタラクシ
『萬葉集』巻十六・三八一〇番歌考
『萬葉集』巻十六の冒頭からの三十首は、題詞や左注が長く詳細で、物語性を有することがよく知られている。それら「由縁」をもつ歌の中で、特に三八一〇番歌を取り上げる。歌には、娘子が自分の深い思いをこめて作った待ち酒と夫の形ばかりの贈り物とを天秤にかける現実的な発想が見られ、奈良時代の下級官人層の生活感をよく表す。そして左注から明らかになる、夫の娘子を軽んじる態度と、歌から明らかになる、娘子の夫に対する強く深い思いと、その軽重の落差に面白みが見られ、表現には、単に夫に捨てられた女の悲嘆というにとどまらない娘子の機知がうかがわれる。なお、一首は、男女間の関係を公平なルールに基づく一種の価値交換と見なす。その点において、三八〇九から三八一五番歌までの四群七首は、婚姻をめぐって物語的な配列をとる巻十六冒頭歌群の中でも、さらに内容的な共通性によって類聚されたと考える