Bukkyo University
Bukkyo Universty Academic Knowledge & E-resources Repository: BAKERNot a member yet
11843 research outputs found
Sort by
Research on Stone Bed of Fiān Āshè : Made in 527 AD, Owned by Mr. Zhang Huan of Shanghai
小稿は、上海の張カン氏蔵に掛る、新出の北魏孝昌三(五二七)年田阿赦石床を拓本によって紹介し、さらにその囲屛に描かれている、孝子伝図(原谷3、蔡順1、郭巨2図)を、図像学的に解説しようとする。本石床は、世界的に有名なボストン美術館蔵北魏石室と同じ年紀を有する貴重なもので、和泉市久保惣記念美術館蔵正光五(五二四)年匡僧安石床に次ぐ位置にあって、例えばこれまでに例のない、原谷の三連図が描かれていることなど、孝子伝図研究上の一級資料となっているにも関わらず、不思議なことに、今まで世に出たことがない。張カン氏の御好意により、その全貌を本誌上に報告しようと思う。張カン氏蔵北魏孝昌三年田阿赦石床孝子伝図原谷図蔡順図郭巨
A Study of Goguryeo Royal Tomb Repair System Seen from Character Tile
高句麗王陵とみられる千秋塚出土文字瓦に記された人名や官職・階層などを検討し、瓦を用いた王陵の修築には漢人の将軍を称する人士や王と称される階層または姓とする漢人が参加していたことを指摘した。あわせてその他の高句麗古墳出土の銘文瓦で修築の内容が記されている資料との相関的検討によって、「永楽」銘から四世紀から五世紀初頭にかけて、「民」から漢人「将軍」を含む階層へと推移および拡大したことを示した。高句麗王陵瓦広開土王漢
A Reconsideration of “Hashiramatsu” Events
京都北部から若狭にかけて広がる丹波山地の奥にたたずむ山里では、「松上げ」とよばれる勇壮な火の祭礼が行われる。松上げの古風な形態は、各村の愛宕を祀る山の頂で松明を燃やし、また神木である松の古木に向かって松明を投げ上げるものであった。この神木は一般に「柱松」とよばれるもので、修験道の行事と深い関わりをもつ。つまり「松上げ」は、山伏の験力を競う一種の競技が民間に流布したものと考えられる。このように、修験道とかかわりの深い「松上げ」と、盆の送り火の原型だとされる「十二灯」の 2 種の松明行事を取り上げ、両者の相関性とそれぞれの行事の変遷過程について考察することにより、火が風流化を遂げてゆく民俗信仰の実態とその歴史的変遷について考える。松上げ十二灯柱松送り火修験
The Relationship between the Two Truth Theory and the Pure Land in the Anleji
本稿では、道綽『安楽集』における二諦説の条文を分析することによって、道綽が二諦説を利用する意図を明らかにすることを目的とする。『安楽集』には「二諦」というような言葉が十二回まで用いられているので、これが重要な論説であると分かるようになった。しかし、その二諦説を詳しく研究する論文は少ない。特に二諦説と往生浄土の関係について、二諦説に関するすべての条文を整理して、その前後の関連性を含めて考察する必要がある。詳しく分析した結果、道綽は二諦説によって、往生浄土の、大乗仏教における地位を確立させた。ただし、二諦説は往生浄土の真実性と合理性を証明するために非常に重要な作用を発揮しているが、道綽の浄土教の根本原理ではない。道綽の本意は二諦分明によって末法の衆生が浄土の功徳のみを求めて、阿弥陀仏の願力によって往生できることを証明することを考えられる。道綽安楽集二諦説往生浄土阿弥陀