Bukkyo University
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Introduction and Transcription of the Rokusaishojinkyoki-jyopreserved in Bukkyo University Library
「羽入-折原論争」とヴェーバー研究の現在 : 井腰圭介の総括から何を学ぶか
日本社会学に対するヴェーバー研究の今日的意義と課題という観点から「羽入-折原論争」(2003-2008 年)への接近を試みた井腰は,当該論争を「一つの真理基準を規範にして正誤を判定する形では評価できない」と総括している。井腰の総括は,両義的さらには多義的に解釈できる点で特殊性を有している。ヴェーバー研究は,現状,研究が進展する半面,既存の誤認や誤訳が放置されており,それらは普遍性が求められる邦訳書(複数)において顕著である。すでに実証研究領域で定着しているように,時宜的に最新の研究成果を既存の知見と照らし合わせ,絶えず更新・若返りをはかっていくいわば《温故知新》の価値理念は,日本のヴェーバー受容における誤認・誤訳の訂正といった理論研究領域にも必要である。両研究領域の交流と相互補完を活潑に促す環境・体制・仕組みの迅速な整備が,いま求められている。ヴェーバー羽入-折原論争研究行為論争認識目的論
The Process of Cognitive Transformation concerning “Troubles”for Chinese Naikan Clients in Intensive Naikan Therapy : Reflections on Narratives of Naikan Clients
近年,内観療法は日本だけでなく,中国の精神医療,教育,矯正の分野まで広がっている。しかし,日本人のように「他者に迷惑をかけてはいけない」という発想がない中国人にとって,内観を体験する時,「してもらったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」という内観3 項目の中で最も重要な項目である「迷惑をかけたこと」をどのように捉えているかという疑問が生じる。本研究では,中国人内観者の「迷惑」に着目し,集中内観における中国人の「迷惑」に対する認知変化プロセスを明らかにすることを目的とした。日本の内観研修所で集中内観を体験した中国人内観者15 名を対象とし,集中内観後に1 対1 の半構造面接を行い,その語りをM-GTA で分析した。内観者の「迷惑」に対する認識は内観の深まりによる3 段階(『内観前段階』『内観への適応』『内観の深化』)で,『促進要因』・『阻害要因』という2 要因から影響を受け,変化が起こる。同時に,その変化プロセスと影響要因との関係を仮説モデルで示し,さらに【能動的(積極的)にすることと受動的(消極的)にすることに分類する】【迷惑の認識が深まった】【内観後の思考】という3 つの大きな変化を取り上げ,考察を加えた。集中内観中国人内観者「迷惑」M-GT
Current Situations in the Daily Lives of Mothers Raising a Child with aDisability Requiring In-home Medical Care and Challenges in Pediatric In-homeCare Support
博士(社会福祉学)佛教大
The use of picture scores with young chiledren:Through singing activities in the home under Corona
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大により,従来の集団歌唱活動が制限された幼稚園において,園での歌唱活動の代替として,親子が家庭で歌を通じた豊かな時間を過ごしてほしいという意図から,各家庭に毎月「絵譜」を配布する取り組みを行った。一年間の絵譜の配布後に実施した保護者対象のアンケート調査及び毎月の絵譜の配布時に添付した保護者からの感想用紙を,SCAT の手法(Steps for Coding and Theorization)に基づいて分析した。その結果,保護者は絵譜そのもの,そして絵譜の配布を肯定的に受け止めていたことが明らかとなった。また,絵譜はその題材曲が子どもの興味と一致する場合には,家庭の歌唱の機会を増加させ,豊かな歌唱の営みを提供する一助となり得たことも確認できた。絵譜歌唱幼児家庭教
Issues and challenges of "Placement" in the education for children with disabilities
本研究では,障害のある子どもの学校教育における配置と参加の問題,すなわち「どこで学び」「何をどう学ぶか」のうちの配置の問題に着目し,障害のある子どもの義務教育への参入段階から高等教育まで,どのようにして学校段階を移動していくのかについて整理していく。ひとたび障害が認められれば,当該子どもはいわゆる健常児のそれとは異なった,「多様な学びの場」のいずれかに配置される。それが参加の制約にも影響し,社会的に包摂されたり排除されたりすることになる。障害のある子どもは,複雑な就学,進学システムをさまざまに通過することで,マジョリティの前に立ち現れたり存在しなくなったりする。障害児が特別な学びの場に身を置くことは,当該子どもが配置と参加の制約を受けるのと同時に,マジョリティ側も「障害者がいない社会」という環境の制限を受けることになる。つまり,障害者の存在そのものが社会のなかで不可視化されるということなのである。障害特別支援教育社会的排除配置参
A Study of the Perspectives of "Children as Subjects of Rights" in Early Childhood Care and Education
本稿では幼稚園教育要領と保育所保育指針における子どもの「主体」に関する相違について比較分析を行うことを目的とする。これまでの先行研究においても,幼保教育間における「主体」の違いが検討されてきた。本稿では,「主体」「主体性」「主体的行動」をキーワードにして文書から抽出を行い,それぞれのねらい,行動内容,目的について考察する。考察の結果,幼稚園では,他者との関係性を重視しながら協調性を構築するという「他者目線への配慮」が求められているのに対して,保育園ではまずは子ども一人一人の気持ちや意見を受け止めて子ども同士の関係性を築いていくという「自己目線の尊重」が重視されていることを明らかにしている。「他者目線への配慮」によって,集団生活の中で他者との関わりを学び,協同しながらも自発的に行動できるようになることが目指されている。「自己目線の尊重」を重視する保育園教育では,まずは自分の気持ちが保育士等によって受け止められることで自信や安心感につながり自己肯定感の養成につなげることが目指されている。子どもの主体幼稚園教育要領保育所保育指