Bukkyo University
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Muscle strength, motor function and amount of activity, among community dwelling elderly people taking ambulatory treatment: Expectation of current situation according to comparison with previous study
我が国では高齢者の約69%が外来通院をしている,といった政府の調査結果が報告されている.それにもかかわらず,こうした外来通院中の高齢者の運動機能等を調査した報告は見当たらなかった.そこで本研究では,明らかな運動機能低下が見られる者を除いた外来通院中の高齢者70 名について,運動機能等を評価するとともに,結果を先行研究と比較することで彼らの現況を推察した.評価項目は握力,膝伸展筋力,最大歩行速度,Functional reach,Timed "up and go"test,Physiological cost index,長座体前屈,活動量(歩数)であった.その結果,対象者のほぼ全項目の平均値もしくは中央値が,健常高齢者の平均値と二次予防事業対象者の平均値や各種カットオフ値との間に位置していた.また個別に見ると,多くの項目で30-50%の対象者が二次予防事業対象者の平均値や各種カットオフ値を下回っており,全項目でこれらを上回った対象者は11 名(16%)のみであった.このように,運動機能の低下が明らかではない外来通院中の高齢者の中には,何らかの運動介入が必要と思われる者が多数存在することが示唆された.高齢者外来通院筋力運動機能活動
Dharmakirti’s Apoha Theory and the Later Madhyamika
ダルメキールティはHBにおいて眼、対象、光、注意力などから単一な眼識(感官知)の生起に関して詳細に論じ、また結果としての眼識は原因に対応した種々な特殊性(visesa)を有することを表している。これに加えPVSV ad PV I-73~76,82,83,PV III-534において、単一な因から多なる結果が生起することを論じ、この因果間の整合性として原因の区別無区別が結果の区別無区別を設ける、すなわち肯定的随伴(anvaya)、否定的随伴(vyatireka)の成立を主張する。同類の諸原因から単一な結果が、また単一な因から多なる結果が生起することと因果の随伴関係とが、どう一致するかはアポーハ論により論じられる。この立論の背景には、クマーリラによる普遍(samanya)実在論がある。彼は普遍が実在しなければ、諸対象(原因)から単一な知(結果)が生起することはあり得ないとディグナーガのアポーハ論を論難する。それに対しダルマキールティは答えている。このダルマキールティのアポーハ論に基づく因果論は、TS,TSPにおいてシャーンタラクシタ、カマラシーラによって継承され、クマーリラへの批判に活用されている。他方、中観思想の確立を論じるジュニャーナガルバのSDV ad SDK14を始めとする中観思想を確立する諸論書(SDP, Mal, SDNS, AAA)にあっては、ダルマキールティのアポーハ論に基づく因果論は、悉く批判され、四極端の不生起因による無自性論証としてハリバドラに至るまで師資相承されるものである。またダルマキールティのプラマーナ論はSDK8, 12の実、邪世俗の峻別の基準として活用され、後期中観派とはダルマキールティのプラマーナ論を実世俗として導入する学派である。クマーリラダルマキールティジュニャーナガルバ普遍アポーハ論に基づく因果
A Basic Theory for the Doctrinal Structure of Senchaku-shu (2): research on chapter 3
本稿を含めた一連の拙稿では、『選択集』全十六章の教理構造の基礎的議論をする予定である。その同書全十六章の中で、今回は、第三章を取りあげる。『選択集』の内容は、様々な現代語訳や解説書などにより明らかにされているが、それでもなお、法然の意図について、不明瞭な部分が諸所に見られる。その不明瞭な部分を明らかにするため、『選択集』の教理構造を解明し、法然の意図を浮き彫りにすることを目指す。法然選択集教理構
描画を眺める際における熟練者の主観的体験に関する研究 : 黒- 色彩樹木画テストを通して
本研究は,描画法として黒- 色彩樹木画テストの理解をより深めることを目的に,“描画療法・描画テスト熟練者”の視点に焦点が当てられた。データの分析は修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチが採用され,熟練者(以下Th.)の語りをもとにモデル化された結果,黒- 色彩樹木画を眺める上では,Th. が【描画を読み取るための探索過程】,【黒- 色彩樹木画における共通理解の観点】といった,大きく2 つのプロセスを体験していくことが考えられた。特に【黒- 色彩樹木画における共通理解の観点】では,Th. の《描画についての捉え方》《2 枚法だからこその解釈》《Th.が期待する修正描画体験》のプロセスを辿ることによって,Th. の視点に影響を与え,描画イメージや解釈がさらに深まっていくと考えられた。黒-色彩樹木画テストM-GTA熟練者の主観的体
A study of social work that addresses poverty and social exclusion
現在も貧困は拡大し,深刻化し続けている。それに対して貧困・社会的排除に対する制度・政策とソーシャルワークは機能しているとは言えない状況がある。例えば生活保護受給を窓口で制限する等,「制度からの排除」が日常化しており,制度を利用する権利の擁護等,権利擁護の実践がソーシャルワークに求められている。こうした状況の中,ソーシャルワークは貧困・社会的排除にどう対峙していくのか,貧困・社会的排除に対峙するためのソーシャルワークの理論や方法とは何かについて論じた。研究の方法は,先行研究の検討,生活保護をめぐる2つの事件の分析と筆者が行ったグループインタビューの分析から行った。 結論として,貧困・社会的排除に対峙するためのアセスメントの不足,不十分な権利擁護等が明らかになった。そしてソーシャルワークにおいては,ケアではなくコントロールへの偏重があり,反抑圧主義の実践が重要であることが明らかになった。制度からの排除社会的排除権利擁護反抑圧主義の実
The problem of the salvation of the souls of the dead in Comtemporary Shinto
現代の神道界では,神道は現世のみを重視し,死後の霊魂救済は関与しないというのが確定した立場になっている。しかし,これは戦後にも国家神道を継承する神社本庁が「神社神道」イデオロギーとして作り出した神道像に過ぎない。そこで小論では,まず戦後の「神社神道」像が形成される過程で,神道界が継承としたことと排除・封印したことを検討する。そして,神道界の提示する日本民族固有文化という幻想が,実は中世以来に仏教・儒教などを先端知とする神話解釈の中で誕生したこと,また,その中には神道の霊魂救済が神道の本質に関わる問題として取り上げられつつ解釈されてきたことを明らかにする。このように神話解釈の歴史的な展開を見ることで神道に霊魂の救済がないのではなく,「国家神道」よって封印された宗教性であることを明かし,その復興を考える。神社神道霊魂救済中世神話平田篤胤折口信
Adaptive responses to frustration related to end-of-life care among care workers at special nursing homes: Based on the directions of aggression in Picture-Frustration study
特養内で看取りにあたる介護職には,しばしばフラストレーションがつのる。直面した困難な状況を脱するために取るフラストレーション反応は,破壊的より建設的であることが望ましい。P-F スタディによるアグレッションの 3方向(無責,他責,自責)別に,特養の看取り介護に適応的なフラストレーション反応の呈示を試みた。その手がかりになるのは,死を見据えた入居者の心理を介護職が追体験する,ロスの5段階モデルである。すなわち,1)無責において介護職からの死の否認が,2)他責において施設長や医療職に向けた介護職の怒り,取引および抑うつが,3)自責において入居者の死を,介護職が自らに引き受ける受容が現れる。各々に対し,1)老いへの否定的感情や,それを自覚するがゆえの罪責感に対する手当て,2)経管栄養や喀痰の吸引,死期の推測などの「見えやすい」アプローチ,3)自己の死生観を持つことによる他者の死生観の尊重,といったフラストレーション反応を提案した。これらにより,アグレッションの方向に特徴を持つ介護職が,パーソナリティに沿ったフラストレーション反応の存在を身近に意識することができる。看取りフラストレーションアグレッションP-Fスタディ5段階モデ
Hearing the Names of the Buddha and the Bodhisattvas in the Pure Land Sūtras
This paper is a study on the doctrine of “hearing the names of the Buddha and the bodhisattvas” in the Pure Land sūtras, focusing on the earliest version of the Larger Sukhāvatīvyūha sūtra, the Da amituo jing, and the Guan wuliangshou fo jing. This issue will be approached in the following ways: firstly, I will commence with a discussion of “hearing the name of the Buddha” in those special characteristics found in the Dharmākara narrative of the Da amituo jing; secondly, I will discuss the formation of the 4th and 5th vows in terms of “hearing the name of the Buddha; ” thirdly, I will undertake a preliminary discussion on the characteristics of “hearing the names of the Buddha and the bodhisattvas” found in the Guan wuliangshou fo jing, and the connections between the Guan wuliangshou fo jing and the Da amituo jing on the basis of these characteristics.hearing the names of the BuddhaAmitabhaGuan-yinthe Da amituo jingthe Guanjin