Bukkyo University
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An Annotated Translation of Kuwakado Shūga’s Senchaku Hongan Nenbutsu-shū Kōgi; Chapter X
明治期の浄土宗学者桑門秀我の著した『選擇本願念佛集講義』は、浄土宗鎮西流白旗派の伝統的な『選擇本願念佛集』解釈を知る手がかりとなる。本庄良文研究員と分担して進めている現代語訳及び注のうち、本稿は本書第十章を提示する。本稿は、佛教大学法然仏教学研究センターの第一部門法然文献班第二班で本庄良文研究員とともに進めている桑門秀我『選擇本願念佛集講義』の現代語訳注作業の成果発表である。桑門秀我選択本願念仏集講義選択本願念仏集化仏讃
End-of-life care thinking with TOMOIKI
超高齢社会を背景に,2025年には年間死亡者数が160万人を超える多死時代を迎えようとしている。「最期の迎え方」や「良い死(Good death)」について国民一人一人が考えることが求められるとともに,専門職のIPW・IPE(多職種連携・教育)によるエンドオブライフケア(End of Life Care: EOLケア)が必要と言われている。EOLケアでは,スピリチュアルケアの専門家である宗教者のかかわりが重要という指摘も多く,宗教者を含めた多職種からなる EOLケアチームによるケアの効果は世界的に報告されている。よって佛教大学総合研究所共同研究の一環として,共生のこころで考えるエンドオブライフケアというテーマでシンポジウムを開催した。台湾の緩和ケア病棟において臨床宗教師として活動している慈済大学の釋純低氏と,日本で臨床宗教家として仏教の教えを基に EOLケアに携わっている大河内大博氏の基調講演に加え,現在先駆的に EOLケアに取り組んでいる社会福祉・医療(理学療法・作業療法・看護)領域のシンポジストによる実践報告とパネルディスカッションを行った。本シンポジウム開催によって質の高い EOLケアの提供にあたって,宗教者を含めたIPWと大学教育におけるIPEについて参加者と共に考える機会を得ることができた。End of Life Care多職種連携協働(IPW)多職種連携教育(IPE
A Study on the Literary Structures of Sanki Saito’s Brief Story “Ahiru no Tamago” which has been influenced seemingly by Riichi Yokomitsu’s Fiction “Kikai”
西東三鬼(一九〇〇~一九六二)は近代俳句の祖の一人とも称される俳人であり、新興俳句の運動に参加し、新機軸と言える多くの作品を発表し、俳句界に大きな影響を与えた。その三鬼に太平洋戦争前の唯一と言える短編小説「家鴨の卵」という作品がある。これは都会の生活に疲れた中年の男女が信州の湖畔のホテルに数日間滞在して、ホテルの近辺に住む住民で家鴨を飼っている大工一家の三人の家族と心を通わせるというだけのごく短い物語である。本論文はこの作品の文章構成が横光利一の「機械」の影響を強く受けていることを論考した。本作品は計量文体学的解析で用言過多の長文を編んでいることがわかったが、横光の「機械」でも同様の傾向がみられた。また、「機械」で使用されている特殊な硬質の用語が「家鴨の卵」にも応用されている。さらに「家鴨の卵」では、登場人物の一人である「男」に焦点を当てこの人物の「内的独白」で物語を進める物語行為が特徴的であり、これからも横光の一人称小説の「機械」からの影響が大きいことが推察された。西東三鬼横光利一計量文体学的解析物語行為内的独
Views on the Vassal of the Retired Emperor of Kujo Kanezane: Changes in his criticism
本稿では、院政期・鎌倉初期の摂関である九条兼実と、その弟である慈円に共通して見られる院近臣批判について、特に兼実による近臣批判の変容と、それが慈円の『愚管抄』の政治理念へと展開していく事実に着目し、当該期の摂関家の現状との関連で如何なるものとして位置づけられるかを検討する。兼実の立場の変化に伴う院近臣批判の変容は、批判が単なる不満から、内乱期以降、近臣の言動を天下の乱れの原因として認識する姿勢となって表れるようになる。この認識は兼実の実践と失脚を経て弟である慈円の『愚管抄』において、世を直すための重要な政治理念として表れることとなる。九条家を取り巻く社会的・政治的現実が変化しているにも関わらず、慈円が兼実と同様に近臣を敵視し、乱れた世を直すための重要な鍵とみなしたことは、兼実亡き後、九条家の補佐の臣としての正統性の面で近臣の存在が重大な問題であると認識されていたことを意味する。九条兼実『玉葉』慈円『愚管抄』院近
The achievement date of Feng shen yan yi (封神演義)
明代に現れた神怪小説の代表作に、『西遊記』と『封神演義』がある。この両作品はいろんな点で類似するが、中でも注目されるのは、作中に挿入された詩詞に共通するものが少なからず見られることである。このことは、いずれかが原作で、いずれかがそれを借用した為と考えられる。拙論では、ストーリィの展開の中で、挿入された当該詩詞の妥当性を検討した結果、『西遊記』中の詩詞が原作で、『封神演義』のそれはそれを借用したものであるとの結論に達した。神怪小説『西遊記』『封神演義』成立時
“The Kusho hoshinno Shikoku reijo gojunkoki” (The Record of Pilgrimage by Imperial Prince and Monk Kusho to 88 Buddhist Temples on the Island of Shikoku): A Review of Prior Research and the Range of Newly-Discovered Related Historical Materials
『空性法親王四国霊場御巡行記』は、寛永一五年(一六三八)に大覚寺宮空性法親王が四国霊場を御巡行された際の記録との跋文を持ち、四国遍路について書かれた最古の紀行文的著作として知られる。同書は、やや不完全な七五調で、伊予国の記述が半分以上を占め、南朝方の史跡に詳しく、遍路道から外れた場所の記述も見られるなどの特徴があり、根拠は不十分ながらかねてから偽書説がある外、同年に御巡行をされたのは当時の大覚寺門跡尊性法親王であるとする記録もあることなど、先行研究において多くの不審点が指摘されてきた。本論では、これら広範囲に及ぶ不審点について詳細に検討し、新たに発見した類本史料の検討から、本書の原著として略本が存在し、伊予国の記述のみを加筆した未完の著作が本書であろうことを明らかにする。以上の検討を通じ、本書は、寛永一五年当時の空性法親王の四国霊場御巡行を今に伝える著作である可能性が十分に高いことを示す。空性法親王御巡行記遍路真念庵今治拾