Bukkyo University
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A Survey about "Bugs" and "Animals" for Nursery Teachers
「虫」や「動物」は,一般に日常用語として使用されることが多く,人によって意味する範囲が異なっている。また,現職保育士を対象にした「虫」や「動物」に対する意識調査はなされてきていない。そこで,本研究では,保育士を対象に,「虫」及び「動物」としてイメージするものについての調査を行い,「虫」や「動物」ととらえている範囲を明らかにするとともに,保育士が実施している,虫や動物に関連した取り組みの実態調査を行った。 その結果,「虫」のイメージは,83.1%が昆虫であるが,昆虫以外の節足動物(11.2%)や節足動物以外(3.5%),まれに脊椎動物の一部(2.2%)が含まれることが明らかとなった。また,動物のイメージは,哺乳類が91.6%であり,続く鳥類が5.5%,爬虫類は2.4%であり,「動物」という用語は科学用語よりも,日常用語として用いられている動物という認識が強固であることが明らかとなった。このことは,保育を担っている人材が動物=哺乳類という認識を持っていることであり,偏った動物概念や認識を無意識に園児たちに植え付けている要因となっている可能性が示唆される。 また,保育士として就職後には,動物を飼育してみたり,虫取りを子どもたちと行ってみたりといった体験活動を行っており,学生時代に保持していた虫に関する嫌悪感や苦手意識が薄らいでいる可能性が示唆される。虫動物科学用語保育士幼児教
Some Sociologists’ Opinions on the Present Situation and Future of Chinese Sociological Studies of the End of the Republic of China (1947-1948)
この資料紹介は,民国期の代表的社会学者の龍冠海,孫本文,朱約庵・呉百思・毛起鶏・陳定閎の当時の中国の社会学の現状と将来についての意見の紹介と解説である。アヘン戦争に端を発する西洋列強の武力による主権の侵害,太平天国を典型とする異民族の反乱といった内憂外患の歴史的背景のもとで中国は社会学を受容したし,1931 年9 月柳条湖事変の勃発から1945 年8 月までの15 年戦争,とりわけ1937 年7月の盧溝橋事件をきっかけにした日中戦争では大学の社会学部,学会活動,研究活動が大きく破壊されたし,また1946 年から1950 年に至る国共内戦も社会学の教育研究活動,学会活動を大きく制限した。そのようななかで,1940 年代半ばから,ここで取りあげたような中国の社会学の存在意義,対社会的役割の議論がはじまってきた。そこでは,近い将来共産党政権が成立し,その政権によって社会学が廃止されることは意識的にか,あるいは無意識的にか,まったく触れることなく社会学者の社会学に対する展望が語られている(1)。中国社会学民国期龍冠海孫本文毛起
Development of a Gender-Equal Society in Japan (Part 6): From an Analysis of the “Index on Women’s Work Ability” in City A
この小論の目的は,地域社会における男女共同参画社会の進展,特に女性の活躍推進について,地域住民と行政の連携による影響について考えるために,行政と男女共同参画推進団体によって作成された「企業における女性の働きやすさ指標」を使用した調査結果をまとめつつ,団体に与えた影響について検討することにある。A 市での内閣府地域女性活躍加速化交付金による「企業における女性の働きやすさ指標」の作成と指標を用いた調査によって,当該男女共同参画推進団体には「調査を成し遂げた自負」「団体の周知」「女性が働きやすい職場は男性も働きやすい職場になり,事業所にもメリットがあることを認識」「今後の調査の方向性を検討することによる団体の事業展開の可能性」「地域特性の再認識」といった影響があった。地域住民行政連携男女共同参画社会女性の活躍推
Sidney Webb’s Moral Minimum and His Socialism
本稿は,1885 年にフェビアン協会に加入してから,ビアトリスとの最初の共同研究の成果である『労働組合主義の歴史』を刊行する1894 年までのシドニー・ウェッブの社会主義論の発展の中で,かれのモラル・ミニマムがどのような概念的意味を有していたかを探究した。結論として,シドニーのモラル・ミニマムはJ.S. ミルのモラル・ミニマムを批判的に受け止めた概念ではなかったか,そして,それは労働者階級に対して,19 世紀後半のイギリス社会において責任ある市民にとってふさわしい水準として想定され,肉体的最低限を上回る水準が設定されたものではなかったかという点を指摘した。また,モラル・ミニマムとともにシドニーによって使用されていた「公正賃金」,「生活賃金」の三つの概念の関係は,民間のトレードでの標準賃金率を保障する「生活賃金」,そして公共部門ないしは不熟練労働者の最低賃金としてのモラル・ミニマム,そしてその全体が「公正賃金運動」としてまとめられていたという点もあわせて論じた。シドニー・ウェッブモラル・ミニマムシティズンシップ公正賃金生活賃