Bukkyo University
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A Comparison of Wago-toroku (Genko Edition) with Saihoshinansyo
金沢文庫蔵の『三部経大意』は『和語灯録』所収の「三部経釈」と同じ内容を持ちながら、至誠心釈については他の法然遺文には見られない特異な記述を有する文献である。この特異な至誠心釈について、『和語灯録』編纂者である了慧道光による削除の可能性が先行研究によって指摘されている。本研究ノートは、最古の『和語灯録』版本であり、了慧の存命中に開版されている元亨版『和語灯録』と、これよりも成立の古い『西方指南抄』を比較することによって、間接的にではあるが、了慧による編集傾向を概観し、その可能性について考察する資料とするものである。元亨版『和語灯録』『西方指南抄』『三部経大意
Shamanism of the Izu Islands and summons of dead: Cases of Hachijojima and Aogashima
本稿では,伊豆諸島にある八丈島と青ヶ島の巫者が行う死者の口寄せの事例を報告している。八丈島と青ヶ島ではミコと呼ばれる女性の巫者が,死者の口寄せを行う。これが「ナカヒト」や「ナカシト」と呼ばれた。当該地域には,ミコ以外に男性の巫者が存在する。男性の巫者と女性の巫者が共に巫業を行っていた点が,八丈島と青ヶ島の巫俗の特徴である。巫者は住民の依頼に応じて,病気治しや生業や航海安全などの祈祷,ナカヒトを行った。こうした巫業を通して,近年まで巫者が住民の生活にかかわってきた。八丈島と青ヶ島では近年まで巫者以外の宗教者が日常生活に関与することが少なく,巫者が宗教行為にたいして総合的な役割を果たしたと考えられる。こうした巫者の役割の 1 つとして,ナカヒトがあったと考えられる。巫俗巫女口寄せナカヒ
Reprint of “Hachimanguji-Junpaiki” in Iwashimizu-Hachimangu Collection Vol.1
本稿は、重要文化財である石清水八幡宮古文書の内、『八幡宮寺巡拝記』(桐之部 桐十一 ― 22)の翻刻である。なお、紙幅の都合で翻刻を前・後として分載し、本誌には、1丁表から30丁表まで掲載する。次号に30丁裏から52丁裏を掲載予定である。石清水八幡宮古文書『八幡宮寺巡拝記
Communities and military: attraction activities the sixteenth division in kyoto of meiji period
明治期の陸軍は、対外戦争を経て、軍備の拡張、制度の整備が進められ、新設されていく部隊は設置されていく中で地域の行政・経済・社会の仕組みに影響を及ぼしていく。本稿では、地域と軍隊が共存する前提・段階を、地域からおこる部隊の誘致活動を取り上げ、その実態を地域の合意形成を視点として考察する。対象として明治期京都の第十六師団の誘致活動を取り上げ、地域がどのような合意形成をなし、軍隊と共存しようとしていたのかを考察する。地域社会軍隊第十六師団誘致活動合意形
A study of kama in Primitive Buddhism
古代バラモン思想においてkamaは「欲する」という心の働きを意味し、これが人間の行為の根本的動因と見なされていた。一方、原始仏教におけるkamaはこれとは異なる語義・用法を有していた。すなわち、原始仏教では最古層の経典よりすでにkamaは単なる心の働きではなく、認識と感受によって変貌した外的事物それ自体をも意味していた。言うなれば、「対象」と「心の働き」が一体となった具体的な諸現象を、kamaという語によって指し示していたのである。このような語義の特徴を反映して、原始仏教経典におけるkamaはほとんどの場合複数形で用いられている。原始仏教kama心の働き対象複数
50th Anniversary Event of the Faculty of Sociology, Bukkyo University: Panel Discussion The Bukkyo University Faculty of Sociology: Our History Thus Far and Our Future
50th Anniversary Event of the Faculty of Sociology, Bukkyo University: Memorial Lecture The Future of the Bukkyo University Faculty of Sociology: Expectations Centering on Gender Equality and Women’s Empowerment
北朝芸術博物館蔵の郭巨董黯石脚 : 呉氏蔵郭巨石脚との関連
本年(二〇一八)年三月、山西省大同市を訪れ、新出の孝子伝図石脚を実見、撮影することが出来た(呉強華氏の教示による)。本石脚は、石脚―北魏時代の石棺床の脚部(前脚)―に描かれた孝子伝図として、極めて珍しい遺品で、世界的に呉氏蔵郭巨石脚に次ぐ、二例目の孝子伝図石脚となる。小稿は、世界に先駆けて本石脚原石の孝子伝図の全貌を紹介しようとするもので(図版一―図版四)、併せて石脚右半の郭巨図の内容を検討しようとする。本石脚は、右半に四面の郭巨図、左半に同じく四面の董黯図が描かれていて、各図には全て、図像内容を説明する題記が備わる、非常に貴重な孝子伝図遺品である。その郭巨図を通覧すると、前述呉氏蔵郭巨石脚と深い関わりを有している(但し、呉氏蔵郭巨石脚の方は、榜題題記の類が一切ない)。そこで、小稿では、呉氏蔵郭巨石脚との関連を中心として、現存二十遺品の郭巨図との比較を通じ、二つの石脚の郭巨図の研究史的位置付けを試みると同時に、現存郭巨物語のテキスト群との関係を確認することで、文献テキストによる物語研究の限界を具体的に明らかとし、図像を視野に入れた学際的研究をテキスト研究の将来的な研究法の一つとして提示してみたい(本石脚の董黯図については、拙稿「董黯覚書―董黯画巻の復元―」上下が近く公刊される)