Bukkyo University
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The Origin of the Organization Visiting Gyoki Ceremony at Chion-in Temple : Gyoki-ko with Chion-in Historical Collection
法然上人の忌日法要である御忌法会は、現在の知恩院では四月十八日から二十五日にかけて勤修されている.御忌期間中は多くの参拝者で賑うが、その中には地方からの団体参拝の姿もある.実は近世知恩院においても、同じように御忌法要に団体で訪れていた組織があった.それが御忌講である.本稿では、これまでその存在自体がほとんど知られていなかった御忌講について、『知恩院史料集』を中心に、その存在を明らかにする.研究を進めると、『知恩院史料集日鑑篇』には二種類の御忌講が登場していることが分かった.一つは享保十七年まで登場する単体表記の御忌講で、もう一つは享保十二年から登場する特定の地名や寺院名を冠する御忌講である.本稿ではこれら二種類の御忌講について、まず第一章で前者の単体表記の御忌講の実態に迫り、第二章では後者の特定の地名や寺院名を冠する御忌講から、その活動や規模、成立期などについて探っていく.団体参拝御忌講伝供講『知恩院史料集』御忌法
Reprinting and Introduction: “Ninsokokagamitaizen” (Part1)
貞享元(一六八四)年八月に刊行された喜多村江南軒『人相小鑑大全』は、中国由来の和刻本を除けば、我が国史上初の漢字仮名交りの整版本観相書である。日本の観相学史上重要な書物であり、さらには近世文芸にも少なからず影響を与えたにもかかわらず、本書はこれまで翻刻がそなわっていない。そこで本稿では、『人相小鑑大全』全四巻の内巻一〜二を翻刻・紹介する。観相書ほくろ版
Discoure of Madman in Meiji Japan and Luxun’s Diary of a Madman
これまでの「狂人学史」においては、「狂人」言説自体を作品の人物精神史の背景として検討する研究が欠如していた。本論は「狂人」の用法、社会のメディア状況、「ニーチェ」、「無政府主義」、文学創作及び時代精神の特性など複眼的視点から、「狂人日記」誕生の以前に「狂人」の言説史が存在したことを確認し、この状況を前提として「狂人」誕生の足跡を考察した。また周樹人は「狂人」の雛形を携えて日本から帰国したが、この「狂人」は彼自身を形成した過程でできあがったもので、いわば彼の記憶にある「真の人間」と血を分けた兄弟であったと考える。「狂人」の誕生は、「真の人間」の誕生の必然性を宣告したもので、「狂人日記」は本質的に「人」の誕生を宣言した作品であったと結論づけた。狂人言説狂人日記魯迅ニーチェ真の人
Intricate People and Memories: The Colonial Experiences of Japanese Settlers and Indigenous Korean in Mixed Residential Areas under Colonial Korea
本稿では、植民地後期の朝鮮半島において、地方の混住地に居住した主として日本人を中心に、周辺に居住した朝鮮人のライフストーリーとも比較しつつ、その他者像、植民地経験を考察する。日本人の植民地認識の欠如は、二重都市論、すなわち分離居住による非省察性が要因とされてきたが、混住地においても、独自のネットワークが形成され、他者を認識することが困難であったことを示す。また、人々の「体験的実感」と植民地の構造のすれ違いを考える。朝鮮半島植民地経験混住地在朝日本人体験的実