Bukkyo University
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A Declaration of Malaria Control and a Guest Lecture at the Faculty of Medicine, Mataram University
The Cause of Suffering in Pali Verses of Early Buddhist Scriptures
本稿は、苦しみは何から起こってくるのか、この極めて重要なテーマを初期韻文経典の中でもとりわけ最古層経典から古層経典への展開に焦点を定め詳察することを目的とする。最古層経典には、執着や対象へのとらわれ、所有欲など現実生活における視点からの説示が中心であったが、その一方で、僅かではあるが執着などの根底にある本体ともいうべき渇愛の視点からも説かれる。古層経典になると後者の傾向が強まり、生存をもたらすに根源として、また縁起説成立の基軸として説かれるようにもなる。また、新たに kilesa(煩悩)や anusaya(随眠)など概念的な術語が用いられるようになり、五蓋のような煩悩の分類もみられるようになる。新層経典になると、そうした用法は一般化され多様に説かれるようになる。初期韻文経典苦しみの起こるもと執着渇愛煩
A Case Study of Changes in a Local Community and Nogami-ko:Kawarabayashi-cho, Kawarajiri Higashi-cho, Kameoka City
京都府亀岡市河原林町河原尻東町の野神講について、年番が廻し持ちする文書と聞き書きを中心に、近現代の講を取り巻く環境変化と、それに対する講の対応と変遷を辿った。野神講は、東町の一部農家で構成された野神に牛馬の健勝を祈願する講であった。近代には、洪水被害と厳しい経済環境下で、共済機能を維持する努力が認められる。昭和 30 年代後半に機械化により役牛の飼育が消滅し講の目的が失われたが、親睦会として存続した。河原尻では、自治会が支える愛宕講や、同族集団であるカブを核とする伊勢講が現存するが、これら基盤となる組織・集団を持たない野神講は、平成 14 年末に休止状態となった。その背景には、集団営農や企業参入という農業経営の変化、ベッドタウン化と農業の後継者難という都市近郊農村の変貌がある。それでも講が形式的に存続している背景には、講の解散が地域社会の一端の崩壊と感じられる事と、全員一致の原則を見出せる。野神講カブ世代交
Sacred Fish in the Seto Inland Sea Area:A Case Study of Okayama Prefecture
ハレの魚の代表といえばマダイが挙げられるが、実際には地域により様々な魚がハレの魚として利用されている。こういった地域ごとのハレの魚について、先行研究は断片的な事例報告にとどまり、魚種の選択理由についての考察や比較研究はほとんど行われていない。筆者はこれまで伊勢湾周辺地域のボラがかつてハレの魚として扱われていたことを明らかにし、こうしたいわゆる「地魚」がハレの魚として定着する条件について考察を進めてきた。本論文では比較対象として主に岡山県を例にとり、自治体史や聞き取り調査から事例を収集した。その結果、サワラやコノシロなどがこの地域特有のハレの魚であり、特に春の魚島の行事食や祭礼などにおいて、サワラが重要な魚であることが判明した。ハレの魚の条件としては、成長段階名を持つ「出世魚」が縁起がよいとして選ばれること、サワラのような季節性(回遊性)が重要であることが明らかとなった。魚食文化行事食ハレ出世魚魚
『小説神髄』の本当の敵:馬琴ではなかった
坪内逍遥の『小説神髄』は曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』に代表される勧善懲悪主義を否定し、写実主義の主張をしたものである、というのが通説である。確かにそのような一面もあるが、「緒言」を手掛かりに考えていくと、馬琴の勧善懲悪主義そのものではなく、馬琴の亜流、勧善懲悪主義を隠れ蓑として読者に媚びる劣悪な小説を量産していた『小説神髄』発表当時の戯作者たちを直接の批判の対象としていたことが分かる。批判の対象とされていた戯作者たちも、自分たちが『小説神髄』によって批判されていたことを意識しつつ、創作を続けていったのである
Exploring success factors in the PFI Project of Yao Municipal Hospital:Considerations from the perspective of PFI operators
自治体病院の PFI 事業については先行案件 2 事例が運営早々に契約解除になったため、否定的にとらえられてきたが、もう 1 つの先行事例である八尾市立病院の PFI 事業は順調に運営されている状況にある。PFI 事業は民間の資金・ノウハウを活用し、行政サービスの提供を行うものであり、公民協働手法の 1 手法とされるが、多くは公共側の視点から検討されている。そこで本稿では、その成功要因を八尾市立病院の協力企業に対して行われたアンケート調査結果を活用し、民間側から考察している。そして、八尾市立病院における PFI 事業者の構成や担当する業務の関係が適切に行われている点を確認にしている。また、PFI 事業の制度がもたらす長期契約・包括契約の特性が八尾市立病院のPFI 事業全般に与える好影響などについて明らかにすることで、八尾市立病院における PFI 事業の成功要因を見出している。PFI八尾市立病院民間側へのアンケート調査民間事業者の構成長期・包括契約の効
Emperor Wen of Han’s Baling Mousoleum and Jiangcun Huge Tomb vol.2
近年の発掘成果によると、前漢文帝の覇陵は、従来いわれていた鳳凰嘴ではなく、白鹿原上で発見された江村大墓だと考えられるようになり、江村大墓は2021年の「全国十大考古新発現」の一つに認定された。それに合わせて、発掘報告等、江村大墓に関する調査報告および論考が発表された。筆者は以前(2020年)に、当時刊行された発掘概要を参照しつつ、江村大墓に関する分析を行った。今回は、新たに発表された発掘報告等を参照しながら、新たに判明した点を中心に、前稿で不明確だった点を補うことにした。その結果、江村大墓が真の文帝覇陵の蓋然性が高まったことを確認するとともに、なお残された問題として覇陵邑の位置があることを指摘した。前漢皇帝陵文帝覇陵江村大墓陵邑白鹿