Nichibunken Open Access (International Research Center for Japanese Studies Repository)
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<資料紹介>『行者大要鈔』攷
南都で、三論・密教・法相等に造詣を深めた明遍(1142~1224)は、法然(1133~1212)が説く専修念仏の教えに救済の道を見出したと言われる。各種法然伝や、法然の流れを汲む諸師の著作等に示された明遍の行実や学説からは、明遍が、法然教学に依りつつ、自己の浄土教的立場を形成していたことがわかる。
ところで、近代以降の明遍についての研究史において、明遍の著作は現存しないと言われてきた。だが、我が国には、『行者大要鈔』という、仏教徒の生活規範について21項目に亘って説示した著作の写本が4点現存し、これらの写本の奥書によれば、本書の著者は、上記の明遍か、あるいは、明遍と同じく、聖道門仏教から、法然の専修念仏の教えに帰依した明禅(1167~1242)ということになる。本論は、この『行者大要鈔』という著作について、書誌学的、そして浄土教学的な視点から検討することにより、その著者が明遍であることを論証しようとするものである。
『行者大要鈔』に説示されている規範は、「有智の空阿弥陀仏」(『明義進行集』第二)、そして「有智の道心者」(『法然上人行状絵図』巻第十六)と言われた明遍の本領が発揮された、広く仏教全般に共通する教理に基づいたものであり、しかも、数多くの仏教の経論釈が、その規範の根拠として、適切に示されている。そして、そこには、仏教が三国に伝来していく中でも、変わることなく大切に受け伝えられ、日本の精神文化の根底に根付いた心を読み取ることができる。articl
<書評論文>クリストファー・ジョビー著『日本におけるオランダ語(一六〇〇~一九〇〇) : 徳川・明治日本における接触言語、オランダ語の文化的・社会言語学的研究』を読んで
articl
From the Ground Up : Japan's Siberian Intervention of 1918-1922 from the Perspective of Infantryman Takeuchi Tadao
Japan's Siberian Intervention was the nation's most significant strategic and political failure between the Russo-Japanese War and the Asia-Pacific War. While historians have focused on its military and diplomatic aspects, the individual experiences of soldiers in this messy "forgotten war" remain little explored.
This article foregrounds the perspective of ordinary Japanese soldiers dispatched to Siberia between 1918 and 1922. In particular, it draws on archival material left by Takeuchi Tadao, a conscripted farmer who spent six months in the Russian Far East in 1920. A talented artist, Takeuchi produced two richly illustrated accounts, the only examples of non-photographic visual narratives of the Intervention available today. These provide a unique view of the conflict "from below." For the higher echelons of the Imperial Japanese Army, the occupation of Siberia had the potential to increase Japan's influence in Northeast Asia, and to showcase the army's might and efficiency. To the rank-and-file servicemen, however, the rationale for combat was unclear. Their frustrations were compounded by impossible logistics, excruciating cold, and uncertain allegiances in a zone of lawlessness and brutality. Mounting public opposition at home and the failing military strategy in Siberia made 1920 an especially challenging time. Takeuchi Tadao's records reveal an implicit criticism of the Siberian operations, highlighting the strategic and situational confusion surrounding them, and hence the prospect of a meaningless death that confronted ordinary soldiers in Siberia that year.journal articl
図書館だより2023年2月
日文研の図書館だより(内部向け)2023年2月号です。(内容)NDLデジコレの「個人送信」印刷機能の提供開始と運用変更/新たにデータベースが利用可能になりました/2022年度図書購入依頼について(お願い)/館内の資料移動とLED化工事についてothe
<研究資料>江戸初期の英文武鑑
2021年に、オックスフォード大学のボドリアン図書館で不思議な文書一枚が発見された。それは英文の石高付大名リストで、先頭に説明書きが付いている。このリストは、平戸にあったイギリス商館の館長リチャード・コックスが、1614年12月10日付の書簡で言及し、同日にロバート・セシル=初代ソールズベリー伯爵に送ったものだ。宛先がイギリスの東インド会社でなく、むしろ国王秘書長官と大蔵大臣を兼任し、イギリスの国政を牛耳っていたソールズベリー伯爵になっていることは興味深いが、伯爵が既に死亡したというニュースがまだ平戸まで届いてなかったことは明瞭だ。
リストの表紙になっていた部分の裏側にはコックス自筆の文章があるが、本文は別人筆。本稿では、同リストを分析し、その執筆者を突き止め、説明書きにある英ポンドと日本の一石との交換率の問題を考察し、最後に当時の日英関係上における本文書の意義を探る。articl
<研究論文>幕末期畿内幕領における夫役人足の管理・使役体制 : 長州戦争時の手代に着目して
本稿は、近世期の百姓役である夫役人足の使役・管理体制の解明を目的とする。
人足動員については、従来役論の観点から研究が進展した。特に1970年代に高木昭作氏が国家的な課役体系を通じて諸身分が編成されたことを指摘して以降、川除普請や日光社参、助郷などにおける役賦課体系が盛んに追究された。また人足の供給源についても主に都市社会研究の中で解明が進んだ。吉田伸之氏は人足の供給源が主として都市下層民ら「日用」層であり、彼らによるあばれ、がさつ、ねだりなどが問題化していた点を明らかにしている。
一方、徴発後、人足を就労場所において労働に従事させる必要があるが、人足の使役・管理体制については内戦期も含めて研究史上あまり関心が払われていない。長州戦争時の物資調達・夫役動員体制を検討した久留島浩氏をはじめ、従来の研究では人足の徴発体制における中間層の機能に関心が向けられ、徴発された人足を現地でいかに管理・統制するかという点についてはほとんど触れられていない。
しかし、現地では人足による問題行動がおきており、幕府の戦闘準備の遂行はもちろん、管轄地域の負担増加を回避するためにも、国元の中間層に加え、戦地に出張していた幕府役人による人足の管理・統制が必要であった。この一役を担ったのが、人足に同行した代官役所の手附・手代であった。
そこで本稿では、大坂鈴木町代官役所手代として長州戦争時に人足の取締にあたった三杦泰次郎の従軍日記等の分析から、①人足を使役する上での構造的問題を明らかにするとともに、②出張した幕府役人による管理・統制機能について考察し、近世期における夫役人足の管理システムを解明する。特に人足管理の中心を担った手代の機能について検討することで、本研究は近世後期における幕領支配機構の解明にも寄与するものと考える。最後に、幕末期の人足徴発における軍事体制上の矛盾を指摘し、人足動員の問題から近世社会の解体過程の一端を展望する。journal articl