MMU Repository of Academic Resources (Miyazaki Municipal University)
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South Korea Semangeum Tideland Reclamation and Fishermen's Strategies
セマングム干潟事業は、全羅北道郡山市・金堤市・扶安郡地域に多目的用地を確保するため、万頃川、東津川河口の干潟を開発して国際貿易港を建設するため政府と農漁村振興公社が資金を出して1991年に始まった。2011年完成を予定とし防潮堤33キロメートル築造、約4万ヘクタールを開発する国策事業である。開発した土地は淡水湖、食料団地建設などを計画している。セマングムは古くからの穀倉地帯で、有名な万頃・金堤平野があり、新しい玉土という意味をもっている。1996年に始和湖の水質汚染が社会問題になり、環境団体が淡水湖予定のセマングム湖の汚染を取り上げ、干拓事業の白紙化を要求する運動が始まった。そのため1999年には干拓事業を中断し、環境影響について1年余り調査をした。しかし、2001年に政府は環境親和的に順次開発することで、干潟流失などの環境問題を最小限にとどめるとして、当初の事業目的を実現するため、干拓事業を再開した。departmental bulletin pape
Ursula in The Rainbow
Lawrence first intended to publish the new story titled Sisters, but he changed his original plan and split it into two stories, The Rainbow (1915) and Women in Love (1919). Lawrence refers to the relations of the two stories in 1916, saying that Women in Love is a kind of sequel to The Rainbow. F.R. Leavis commented on the later work, pointing out that it is "wholly self-contained" and has "no organic connexion with The Rainbow." His point is understandable when we consider that the writing style of The Rainbow belongs to the 19th century English novel, while Women in Love is analytic and esoteric. However, the truth is that the main interest of the stories is quite similar to each other. Leavis's point of view attracts our attention in that he believes Lawrence was well matured enough to write Women in Love by the time (1915) when he finished The Rainbow. This suggests that the author had already had that critical mind represented in the later story, which is well enough proved by the characterization of Ursula in The Rainbow. Although Leavis is negative of the connection between The Rainbow and Women in Love, Ursula in the former novel is surely identical of another Ursula in Women in Love. It is not too much to say that The Rainbow was written in order to create Ursula. The cardinal purpose here is to discuss how important Ursula is for Women in Love, paying attention to Ursula in the former story.departmental bulletin pape
The Power of Process: Helping Japanese University Students Become Autonomous Readers
Although the Japanese are arguably the most literate people on the planet, any teacher of Japanese freshmen university students can tell you that most are not what could be called "readers." Most freshmen come into the university with few or none of the requisite skills needed to handle complex reading material in either their mother tongue or a foreign language. The purpose of this paper, therefore, is to introduce a process of reading that gives students a solid method for coping with reading material that is beyond their level. This process is known as Survey, Question, Read, Recite, Review, or SQ3R. The author will introduce the basic tenets of SQ3R and demonstrate how he has incorporated these into the curriculum of his freshmen reading course. The author will also discuss the results of pre/post-course exams and surveys to show how students have reacted to SQ3R.departmental bulletin pape
On Eckersley's theory of green state
エッカースレイの「緑の国家」論を手がかりに、国際政治なかで「エコロジー的近代化」の可能性がどの程度あるのかを検討する。また国家単位での地球環境問題の解決はどの程度可能かも本稿の課題である。リアリズムとネオリベラリズムの見解を踏まえたエッカースレイの国家論の整理を紹介しながら、「環境の世紀」における国家のあるべき姿を展望する。departmental bulletin pape
Study note:Essay on an analysis in OLG model with bequests
本論文の目的は利他的個人と非利他的個人から構成される人口をもった世代重複モデルの定常状態での分析を試みるための布石である。そして減価償却率を考慮して、集計された資本蓄積や遺産について考察を試みることである。departmental bulletin pape
Investigation study for supply system of barrier free information in Miyazaki
安全で快適な生活環境づくりをめざして、公共的建築物のバリアフリー化とバリアフリー情報の提供方法について検討することは、福祉のまちづくりの分野において重要である。高齢者社会の中、障害のあるかたや高齢のかたをはじめ、すべての人が安心して生き生きと暮らせるように、宮崎県内の各種施設のバリアフリーに関する情報など、様々な情報を提供する必要がある。 そこで、本研究では、市民協働によるバリアフリー情報提供システムの構築を図るとともに、高度情報化社会において広報活動の媒体とインターネットが活用されている現代社会の実態調査や、情報弱者に対するIT教育支援活動を行い、その問題対策を検討した。また、海外におけるバリアフリー調査を行うとともに、市民協働によるバリアフリー情報提供システムの構築を検討して、「バリアフリー情報一覧2007」の提供や「観光バリアフリー連続講座」を開催して、観光バリアフリー事業の必要性を指摘した。departmental bulletin pape
How Female Criminals and Victims Are Portrayed by the Media
本論文は、新聞の犯罪報道において女性の伝えられ方が変化したかを比較、分析し、報道の影響はどのようなものであるか考察を行った。女性が被害者の事件として「女子高生コンクリート詰め殺人事件」(1989年)と「岐阜中2女子殺害事件(2006年)、女性が被疑者の事件として「巣鴨子ども置き去り事件」(1988年)と「秋田連続児童殺害事件」(2006年)を取り上げ、約20年前と現在の報道を比較した。 その結果、女性被害者・女性被疑者どちらの場合も、ジェンダー規範に基づくネガティブな側面が強調されて伝えられており、その傾向に変化はないという知見を得た。女性被害者は、落ち度や異性関係を問われるなどセクシュアリティの側面、女性被疑者は、家事や育児の放棄などを例に母性の側面が特に強調されている。 一方、20年前の報道とは異なる傾向もみられた。2006年の2つの事件の報道にみられる特徴として、ブログ(日記風サイト)からの情報の報道、事件の背景を周囲の社会環境に求める報道などである。被害者のブログによる日記の報道は、なかでもセクシュアリティに関する内容が強調され、従来以上に被害者のプライバシーが侵害されているといえる。事件の背景を、少子化、共働き世帯の増加、児童虐待の問題など周囲の環境や社会問題と関連付ける報道は、従来のジェンダー規範を守らないことが犯罪につながるという認識を伝えるだけでなく、それを守らなかった者を責めることにより、ジェンダー規範を強化する働きがあるといえる。 こうしたメディア報道は、報道される当事者に対して報道被害をもたらすだけでなく、広く読み手にジェンダー規範を伝える効果を持つといえる。departmental bulletin pape
Beitz,Pogge and Nussbaum on Cosmopolitan Justice:Critics of Rawls's Law of Peoples, Part 1
チャールズ・ベイツ、トーマス・ポッゲ、そしてマーサ・ヌスバウムがコスモポリタニズムに関する議論をリードしていると言っても過言ではない。ベイツとポッゲは、ジョン・ロールズの正義論を出発点としながらコスモポリタン正義論を構築してきた。しかし、ロールズはコスモポリタンではなく、むしろコスモポリタン正義論の批判者であり、そして国際正義論を提起している。ベイツもポッゲもともにロールズの国際正義論には批判的であり、それぞれ独自のコスモポリタン正義論を提示する。そしてロールズの正義論を批判的に論じてきたのがヌスバウムである。本稿では、最初に、ロールズの国際正義論の概要を述べ、その立場からのコスモポリタン正義批判について述べる。次に、ベイツの『政治理論と国際関係』をもとに彼のコスモポリタン正義について考察する。ベイツはホッブズに依拠する政治的リアリズムを批判する中で、国際的相互依存の深化(今日でいうグローバリゼーション)にともなって国際社会と国内社会の類似性に着目し、そして国家を自律的存在とみなしうるのはすべての人間であると論じる。ベイツは、ロールズの正義論をグローバルに拡張し、グローバルな分配の正義論を展開する。さらにベイツはロールズの立場を社会的リベラリズムと捉え批判する。そしてベイツに対する批判も検討する。departmental bulletin pape
The farmer's self-supporting policy in the Huga Nobeoka Clan in the first early modern
元禄三年九月、日向国延岡藩領臼杵郡山陰・坪屋両村の百姓一四〇〇人が、隣藩高鍋領へ逃散する事件が起こる。百姓たちは高鍋藩を仲介して延岡藩と交渉を続けるが、途中交渉が難航し結果的に帰村するまで一〇カ月にも亘ることになる。従来の研究では、百姓たちの提出した「訴状」をもとにして、延岡藩の農政を「苛政」と評価する研究がほとんどである。しかし、当時領主は「御百姓」を撫育し「御救」することが、また百姓も年貢上納に出精する「御百姓」であることが求められた。しかし災害の続くこの時期そうした「仁政イデオロギー」の実現は困難を極めた。小稿では、百姓側の「訴状」と領主側の「子細書」の内容を具体的に比較し、何が問題となっているかについて考察した。 「御百姓」への「介保」「百姓勝手」のために奔走する郡代の政策は、百姓たちにとっては「迷惑」でしかなかった。そうした双方の思惑の「ズレ」が、逃散事件の根源的要因であったことを明らかにした。departmental bulletin pape