Kyoto Sangyo University Academic Repository / 京都産業大学学術リ
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An Ideal Sabbath in Nathaniel Hawthorne's “Sunday at Home”
「日曜日に家にいて」においてホーソーンは,日曜日に信仰者たちが教会へ集まり,みなで信仰心を新たにするという伝統的な信仰のあり方に疑問を呈する。その一方で彼は,教会を擬人化し,孤独な静けさの中で信仰心を育む姿を理想的な信仰者として提示する。本論では,現在ホーソーン文学研究において注目を集めている「倫理」の観点から,どのような一日が理想的な安息日として提示されているのかを探求する。departmental bulletin pape
Aviator d’Annunzio in the Great War : Focusing on His Involvement with Caproni Bombers
1914 年7 月末に始まった第一次世界大戦に,イタリア王国は翌年5 月,オーストリア=ハンガリー帝国に宣戦布告して参戦する。かねてからそのような形での参戦を主張し,参戦キャンペーンに大きく貢献した詩人ダンヌンツィオは,特別な地位を得て王立陸軍・海軍を行き来し,とりわけ両軍の航空隊でさまざまな作戦に参加した。詩人は新しい乗り物としての飛行機に魅了され,新しい兵器としての飛行機に大きな可能性を見出していた。爆撃機を開発していた技術者カプローニと出会うと,1917 年5 月には陸軍参謀総長カドルナへ爆撃機中隊の活用に関する覚え書を提出し,夏から秋にかけては,カプローニ爆撃機によるアドリア海沿岸のオーストリア海軍基地への爆撃を行なった。同機によるウィーン飛行もカプローニとの間で計画されていたが,これは別会社のSVA 機によって1918 年8 月に実行された。
ダンヌンツィオは1888 年に発表した論説文『イタリア海軍論』で,将来の対オーストリア戦を想定した海軍の近代化・増強を訴えていたが,実際の戦争において彼の軍事への関心はさらに強まり,爆撃機中隊の活用に関する覚え書では,爆撃機を用いた具体的な戦略が示された。
カプローニはオーストリア生まれであるが,彼の出身地はイタリア側から「未回収領土」と考えられていた地域であり,カプローニ自身もそのような信念を持っていた。このことが,彼がイタリアにとどまり,詩人と出会う背景にあった。
本稿では,まず大戦以前の『イタリアの海軍論』や航空の講演会にさかのぼったのち,ダンヌンツィオの大戦における航空隊での活動を追う。また,カプローニの大戦までの歩みもたどったうえで,1917 年以降の詩人とカプローニ爆撃機の関わりを跡づける。departmental bulletin pape
Symposium : Dialogue : What is needed in Japan to Value Children's Narratives : Based on the report of New Forensic Interviewing Project
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Affective/KANSEI Engineering for Well-being : A Technology That Assists Human Well-being
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How Do Humans Perceive Pleasure and Displeasure? : Well-being and Happiness Seen from the Perspective of Buddhist Philosophy
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Basic Study of Japanese Language Education for Foreign Sports Students
本研究は,大学で学ぶ留学生のなかでも競技目的に来日した外国人スポーツ留学生に着目し,大学における日本語教育実践に質する基礎的研究を行おうとするものである。これまでの日本語教育の分野において,スポーツ留学生を扱った研究は少なく,スポーツ留学生にとって必要な日本語教育とは何かについて具体的な検証はなされていない。そこで本研究では,外国人スポーツ留学生の日本語教育に対するニーズを探るべく,高校から日本留学し大学で競技をしている留学生と,社会人チームの現役競技者および元競技者へのインタビュー調査を行った。departmental bulletin pape