Bukkyo University
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Directory of Lower Division of Konoefu (Syogen, Syoso, Ishi, Fusyo) from the 9th to 13th Century
本稿は、天平神護元年(七六五)から十三世紀半ばの期間における近衛府の将監・将曹・医師・府生・番長・案主・府掌・近衛の官人の補任状況を調査・整理したものの一部である。 一部の近衛府官人の補任状況はすでにまとめられているが、本補任表は既存の補任類の欠を補い、研究の進展の助けとなることを目指しており、本稿では、近衛府下級官人補任全体のうち、将監・将曹(一部)・医師・府掌の補任状況をまとめている。近衛府下級官人補任平安期鎌倉
An Annotated Japanese Translation of the Lokaks. ema’s Pratyutpanna-buddha-sam. mukhāvasthita-samādhi-sūtra, Chapter II (2).
前回(第48号)に引き続き支婁迦讖訳『般舟三昧経』(T. 418)の和訳を行う。この経典ならびに「行品」(第二章)を取り上げることについて、まず第一にその訳出年代(179年)の早さから、この経典は大乗仏教を知る上で最初期の資料となる。さらに和訳を試みる「行品」はこの経典の原初形態を示すとされている。このような最初期の経典の原形部分を研究することにより、この経典の思想的中心たる般舟三昧のみならず、大乗初期の様相までを垣間見ることができると考えている。本稿では「行品」を研究する前段階として和訳と訳注を作成する。支婁迦讖初期大乗浄土教阿弥陀仏念
A Study of Historical Spoken Dramas in Wartime
本稿では、日中戦争期に創作・発表・上演された歴史話劇をめぐって、理論的な側面と実態(全体像)の双方からの考察を試みる。理論的な側面では、まず、「歴 史話劇」を歴史上の人物や出来事を題材とする話劇作品だと定義し、その方法としては基本的には「模倣と刷新」の連続作業を通して、主人公を歴史のなかで駆け抜けさせるか、往来させるような作業であると論じた。次に、歴史話劇が必要とされる根本的な理由は、当時における民間の集合的記憶と大衆の文字リテラシーの情況にあったとしたうえで、国家権力の不都合をすり抜ける工夫こそ歴史話劇の政治性であることを分析した。最後に、歴史人物に対する評価問題から歴史人物を扱う歴史話劇での扱い方の難しさについて検討した。全体像については、1931年から1945年にかけて創作・発表された歴史話劇132作を年代順に抽出し、集計・精査した。そこから分かるように、顧毓琇・王泊生・張匤・李朴園・郭沫若などによる作品が多く存在している。また、歴史話劇でよく取り扱う歴史時代と人物としては、古代中国の春秋戦国の荆軻や西施;古代中国の南宋時代の岳飛や韓世忠;明王朝から清王朝への移行期の崇禎帝や李自成;清末の動乱時期及び太平天国時期の賽金花や洪宣嬌などが頻繁に登場している。日中戦争歴史話劇借古喩今顧毓琇郭沫
A Study on the Structure of Residents’ Lives and Welfare Issues in Rural Areas
農山村と聞くと,しばしば集落が消滅するとか,高齢者の介護問題とか,交通が不便であることから不利な条件にある,といった見方がなされることがある。一方で,農山村の住民は温かく,きずなも強い,ということも言われたりする。 本稿では,筆者のフィールドの一つである熊本県山鹿市のデータを取り上げながら,農山村の住民の生活の構造を明らかにし,そのうえで,福祉的課題を検討していくことを目的とした。 その結果,田畑や山林の面積が大きく占めており,地理的には「農山村」といえるが,従事する産業という観点から住民の生活の構造を見た場合には「住民生活の都市化」がうかがえた。 また,なかでも,コロナ禍という想像もしていなかった状況の変化が,農山村の住民生活,なかでも福祉的課題にどう影響していくのか,多くの課題が見当たった。農山村生活の構造現代農山村における「住民の生活様式の都市化」福祉的支援農村ソーシャルワー
Shinobu Orikuchi’s “Onmyodo”
折口信夫の学問に陰陽道、陰陽師の存在が重要な意味をもつことは、これまでも指摘されてきたところだ。とりわけ柳田國男の学問との相違点として論じられてきた、定型的な議論ともいえる。これにたいして、本稿では、近年の陰陽道史研究の進展のなかで、折口説を読み直し、その先駆的な見解とともに、陰陽道、陰陽師研究が、神社を基盤とした近代神道を歴史的に対象化し、そのあり方を相対化することで、国家神道?神社神道へのアンチテーゼとなることを明らかにする。折口信夫陰陽道簠簋内伝天社神道神社神道批
“Catalogue of the Higashibōjōs’ Collection of Japanese and Chinese Books” in Kyoto Institute, Library and Archives
Development of Hachiman Faith in the Early Heian Period: About “Konin Official Sign” and the Fusion of Hachiman God and Emperor Shomu
「応令大神宇佐二氏任八幡大菩薩宮司事」と題される弘仁十二年の太政官符(「弘仁官符」)に引載された「大神清麿等解状」には、八幡神は「太上天皇の御霊なり」とあり、飯沼賢司はこれを聖武天皇のことだと指摘した。「弘仁官符」が八幡聖武同体説を示すのだとすれば、古代八幡信仰について八幡応神同体説を前提としない分析が求められる。この観点から以下のことを論じた、『続日本紀』の八幡神の出現と活躍は聖武天皇が皇神化を企図したものであり、また、それは百官諸氏が参集した八幡神の東大寺礼拝という儀礼において国家的神話として承認される。そして、このような聖武天皇と八幡神の特異な関係を前提に「弘仁官符」の八幡聖武同体説があらわれるのである。さらに「弘仁官符」は、八幡聖武同体説を基幹とした、大神氏による宇佐宮祭祀の必要性を訴える神話について、大宰府、太政官という官僚官人組織の経路において国家的に承認するものであった。八幡神聖武天皇応神天皇続日本紀弘仁官
An Annotated Translation of Chingai's Ketsujo Ojo Shu (3) Chapter V : section 1, section 2
本稿は、珍海(一〇九二 - 一一五二)撰『決定往生集』諸本のうち現時点では最良の本文を提供すると見られる、奈良県立図書情報館所蔵元禄九年版本の、「修因決定」のうち「惣明修因」及び「別明菩提心」の訓読と現代語訳である。『決定往生集』の諸本については、坂上雅翁「『決定往生集』諸本攷」(『淑徳短期大学研究紀要』第三〇号、一九九一、淑徳短期大学)等を参照されたい。また、坂上「禅林寺本『決定往生集』の研究(一) - (三)」(『淑徳短期大学研究紀要』第三二 - 三四号、一九九三 - 一九九五)において禅林寺本の翻刻、訓読がなされている。作業の過程で佛教大学、本庄良文教授にご指導を賜った。また、奈良県立図書情報館には、貴重な資料の閲覧、複写を許可頂き、本稿掲載に関しても格別のご配慮を賜った。御礼申し上げる次第である。今後、続編を寄稿予定である。珍海『決定往生集』修因決定惣明修因別明菩提