Bukkyo University
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Visual Representations of Female and Male Characters in Japanese English Textbooks for Junior High School Students
The Learning Opportunities and Challenge for Offcampus Classes about the Juvenile Delinquency
近年の少年非行は,非行少年の検挙人員をみると減少傾向にあるが,特殊詐欺など新たな犯罪に関わっていることも注視される。本論では,この少年非行に関するアクティブ・ラーニングについて事例を紹介し,その課題について考察した。本事例として,少年非行に対するアクセスや関係諸機関との連携があげられる。そのなかで非行少年と臨床場面で関わっている警察官や法務教官,施設職員から学外授業を通じて話を聞くことで,間接的ではあるが教科書とは異なる非行少年の現状を学ぶ機会が得られた。また警察との連携協定を締結することによって,実際に少年たちとの交流を通じて緩やかな支援が実施できた。近年では,少年の犯罪抑止のために地元中学校における防犯教室を実施している。今後,少年非行を含めた逸脱領域のアクティブ・ラーニングについて課題を検証しながら,学外授業の場面において学習機会を創出していくことが望まれる。少年非行アクティブ・ラーニング少年院警察連携事
「現代詩」と関根弘 : 一九六〇―六二年の雑誌の展開と安保闘争の関わりを中心に
一九六〇年は新安保条約の強行採決された年であり、それに伴う安保闘争が激化した年である。全学連に関心を持った関根弘は自身が編集長を務める「現代詩」誌上で座談会「全学連の革命意識」を企画し、みずからもデモに参加する。また、六月に樺美智子の死亡事故が起こると同誌で日本共産党を激しく糾弾。そのころの「現代詩」は好調だった。しかし、一九六一年に入ると、所得倍増計画の影響などで雑誌の勢いはトーンダウン。日本共産党を除名された関根の企画した「詩とショウの大結婚式」は大きな赤字を出し、ただでさえ厳しい「現代詩」の財政状況はさらに苦しくなった。内容に対する不満の声が大きくなっていくなか、一九六二年四月に開催された総会において「現代詩」の輪番編集制への移行が決定し、関根弘単独編集長時代が終焉する。その間の「現代詩」およびその編集母体である現代詩の会の展開を、関根を軸に検討した
阮元の地域移動と書論の変化 : 雲南赴任期の書法言説の整理を中心として
阮元が、いつ東晋を隷楷一元論に翻り、蘭亭偽作説に踏み切ったかは、現時点の資料的制約では、厳密には特定はできないだろう。本稿の前半部では、その先鋭的で精緻な論究、菅野説を踏襲、確認しつつ概ね依拠させてもらい、後半、それらを受けて自説の提出を試みた。阮元は、赴任先の雲南という南方の僻地でも石碑を発見し、息子の阮福に金石の整理(テン南金石錄)をさせている。まさに隷楷書の大海を目の当たりにしたのである。なかんずく爨龍顔碑との邂逅は特記すべきであろうし、これらのカルチャーショックが、阮元の意識に、具体的な作用を及ぼしたことは、想像に難くなかろう。よって雲南赴任が書論の変貌の主要な要因の一つとすべき蓋然性は、高いと考えたい。今後は、文献だけでなく、その言説を産みだした主体となるものの環境を、文化として復元していくことも重要な研究開拓の要素だと思われる。本稿は、その試論でもある
小林秀雄「無常といふ事」の現象学的認識論 : 「思ひ出」される歴史と「純粋自我」
小林秀雄の文章がエトムント・フッサールの著作から受けた影響の痕跡を検討する。具体的には、昭和十年代後半以降の小林の批評傾向を代表する作品の一つである「無常といふ事」(一九四二年)中の、「人間になりつゝある一種の動物」、「思ひ出」される歴史、「生きてゐる證據だけが充満」する時間、といった文言と、エトムント・フッサールの著作『デカルト的省察』(一九三一年)、『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』(一九三六年)等の記述とを照合し、前者が後者の影響下に書かれたであろう事実を例証する。それによって、戦前から戦後にかけての小林が見せた、日本の古典や古典的思想家への傾倒の背後に、フッサールが歴史に対してもった現象学的視線の受容があった事実を裏づけたい。さらにそれを、一見、独断的あるいは主観主義的な立場をとったかにも見える小林の批評文の背後に、ヨーロッパ発祥の近代知に対置される’新たな客観主義’ともいうべき認識論への追究姿勢があった事実を裏づける事例の一端としたい
Tendency of students to not try to remember or understand the information they retrieve.
OECDのPISA調査や令和3年度の全国学力学習状況調査では,児童生徒が勉強のためにICT機器を使った時間が長くなるほど成績が低下する結果を示している。この原因は不明であるが,容易にネット検索により情報が得られるようになった弊害として,ネット検索した情報を覚えよう,あるいは理解しようとしていないことが考えられる。この傾向を確認するため,大学生に対してネット検索して解答することも可とした問題を解かせる実証実験を行った。その結果,問題種にも依存するが,「思考力が必要な問題」「既有知識が少ない問題」「文章で解答する問題」などは,検索して一度正解を得たとしても,それを覚えていない,あるいは理解していない割合が40%以上に至ることがわかった。この結果が,ICT機器の勉強のための使用時間が長いほど学力が低下する原因であることは確認できないが,GIGAスクールが進む今,便利さがもたらす「落とし穴に落ちていることに気づかない意識」に対する指導が必要であろう。ネット検索グーグル効果デジタル健忘症GIGAスクール構想スマホ
Awareness of corporal punishment among those who have experienced extracurricular sports club activities : Why do they affirm coraporal punishment?
本稿の目的は,運動部活動経験者が持つ体罰意識の背景にある事柄を探り,かれらが体罰を肯定する要因について明らかにすることである。分析,検討の結果,運動部活動経験者が体罰を肯定する理由には,集団の秩序を維持するための体罰行為は「やむを得ない」と考えることがあり,こうした考えが教員,生徒の両者の体罰意識に内在することによって,懲戒と体罰をめぐる境界線には常に「曖昧さ」が生じることを指摘している。また,かれらは身体的,精神的な苦痛を与える行為は体罰であると認識しつつも,体罰行為が懲戒を通じた規範意識の形成への期待と理解されている中で,集団秩序を逸脱した者への体罰行為は懲戒行為と見なしていると論じている。体罰懲戒集団規