Bukkyo University
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On the “Politics” of “Body” in the Theory of Judith Butle
ジュディス・バトラーのパフォーマティヴィティ概念は、「身体」の物質性を軽視しているとの指摘を受けてきた。一方で主として 2000 年代以降において、バトラーが「生のあやうさ」を論じるなかで、物質としての「身体」に着目するようになったともいわれる。ここでバトラーは、身体的ニーズや社会運動の身体化を強調するのである。すなわち、「身体」をめぐる「政治」が論じられている。以上をふまえ本稿は、バトラーにおける「身体」の「政治性」を再考するものである。バトラーが「アセンブリ」の意義とする「身体」の「現れ」とは、言語外部の「身体」を実体視するものではなく、身体に関する別様の物質化によって、規範的身体を疑問に付す過程と考えるべきである。かかる観点から、ネオリベラリズム体制下での「性」をめぐる支配への抵抗についても論じた。本稿の議論で身体/言語、生の被傷性/被傷性の格差の関係も問い直される。ジュディス・バトラーパフォーマティヴィティ倫理身
Acceptance of foreign residents in regional areas : Based on interview surveys in Ishinomaki city, Miyagi pref.
これまでの技能実習制度では、技能実習生を労働力の需給の調整の手段としてはいけないと定められてきた一方で、人手不足が深刻な地方部においては、主に単純労働や肉体労働に従事する技能実習生が一時的な労働力とみなされてきた。宮城県石巻市では、2011 年に起こった東日本大震災によって壊滅的な被害が出たが、震災からの復興には技能実習生の存在が非常に大きい。石巻は、もともと地域に暮らす外国人が多くない散住地域であり、外国人の受け入れという経験が浅いなかで、苦労を重ねながらも外国人とかかわる日本人がいる。その人たちが技能実習生に対して人としてかかわっている姿勢は、決して一時的な労働力としてではできないものである。このような石巻での取り組みが、外国人との共生社会をつくるうえで、日本人側の意識改革につながるモデルケースになっている。共生社会技能実習散住地域サードプレイス石
Vocabulary Used by Aimyon: A Comparison with Yutaka Ozaki
シンガーソングライターあいみょんが影響を受けたアーティストの一人として尾崎豊が挙げられる。ただ、どういった影響を受けたのかを示した論文は管見の限りない。そこで、荻原(2020)で作成したあいみょんのタイニーコーパス(79曲)と今回作成した尾崎豊(77曲)のタイニーコーパスの比較を行った。その結果、述べ語数は、どちらも約18000語、また異なり語数も、どちらも約2600語とほとんど差はなく、TTRもあいみょんが0.145なのに対し、尾崎豊は0.144とほぼ差がなかった。つまり、語彙の豊かさという点においては、両者に違いは見られなかった。また、語彙リストを比較した結果、あいみょんは尾崎豊から、歌詞を書く上で何らかのインスパイアを受けた可能性は十分あることがわかった。なお、両者に共通する歌詞を特徴づける語は、恋愛であること、共通しない語としては、尾崎豊が英語の単語を多く使っているのに対し、あいみょんはほとんど使っていないことがわかった。語彙調査使用語彙コーパスあいみょん尾崎
Basic Preliminary Study of Peaches Excavated in Ruins from Ancient China
本論では中国における桃関連遺物を継時的に俯瞰し、典型的な出土事例として、戦国時代から南北朝期頃を中心にして、副葬された食品としての桃核のほかに桃枝製の呪具、桃の字句を含む文字資料などあげ、桃やそれに関する思想や信仰および習俗が顕現する考古資料を整理した。中国の神仙思想や道教的習俗の流れを汲むとされることのある弥生時代から古墳時代初め頃の桃核について、文献学的研究からは西王母と桃の関係は弥生時代併行期の中国では生成していないとされることから、弥生時代の桃核を中国の思想や習俗から理解することに対して、疑義を呈し、むしろ、桃核の多数出土が弥生時代の特質であることを示した。桃核中国古代弥生時代古墳時代祭
Reexamination of the Human Image Mirror Inscriptions at Sumida Hachiman Shrine
隅田八幡神社人物画像鏡の銘文に関する七三本の論文・論考を取り上げ、銘字の比定を中心に研究史を整理した。四八文字について先学の成果を踏まえ、銘字の分析と他の書体との比較から、従来の誤字を前提とする読み方に対して異論を唱え、一部の画を略した異体字、あるいは行書・草書の影響を受けた文字で、正確に記されていることを明らかにした。また銘文全体は五文字のまとまりを意識し、本来五〇文字で構成されていたが、鏡の製作過程で「作」「也」の脱字が生じた可能性を考えた。それらを踏まえた読み下し文については、二つの「所」を仮借とする見解、「所白」とする読み方で大きく二パターンを考えたが、「予」(私)と「此竟(鏡)」の文脈を重視し、銘文の主語は一貫して斯麻とした。人物画像鏡銘字異体字略字仮
Belief of Maitreya’s Descent and Staring Buddha in Silla:Focusing on the Stone Cave of Danseoksan Mountain
朝鮮半島三国時代、新羅の弥勒下生信仰とその造像について、断石山神仙寺石窟磨崖仏を中心に考察する。新羅の弥勒下生信仰は未来を願うものではなく、現世利益的なものであることを確認し、真興王の転輪聖王への意識とともに、中国北斉時代(五五〇ー五七七)の影響を考えた。それを踏まえ、神仙寺石窟の仏像について検討し、七世紀前半の制作で、北斉時代の仏像の系譜上に位置づけられること、さらに他に例を見ない尊像構成は、禅観経典に基づき、現身で弥勒に見えるという現身見仏を願って造像されたものであるという説を提示した。新羅弥勒下生信仰断石山神仙寺石窟現身見
Deployment of Guidance Outsourcing from Child Guidance Centers at Child and Family Support Centers
本研究は,児童家庭支援センター(以下,児家セン)における児童相談所(以下,児相)からの指導委託に関する調査を実施し,その効果や意義の考察を通して,地域のリスク家庭に対するよりよい支援のあり方について検討することを目的とする。そのため,リスク家庭を積極的に受託する 2 つの児家センにインタビュー調査を行った。その結果,児家センと児相が協働して支援を行う指導委託は,リスク家庭のニーズに合わせた支援を実施できる効果が明らかとなり,さらに児家セン・児相間の信頼関係構築に好影響を及ぼす効果が示された。一方で,児家センによるリスク家庭への支援のあり方は,地域の実情により多様化している現状が確認された。よって,リスク家庭へのよりよい支援のためには,単に指導委託数を伸ばすだけでなく,児家セン・児相の信頼関係構築が優先的に重要であることが示唆された。さらに,指導委託がより効果的に活用されるには,制度や仕組みに関する課題解決の必要性が浮き彫りになった。児童家庭支援センター児童相談所指導委託児童虐待連
Research on Efforts to Prevent Abuse in Welfare-Type Facilities for Children with Disabilities Through a Survey on Staff Training
我が国では,施設虐待防止に向けた取り組みが進められるなか,施設内虐待及び不適切事案が頻発している。福祉型障害児入所施設も例外ではなく,入所児童の半数近くが被虐待児童であり,本来保護されるべきである児童が施設で安心して生活を営むことを目的とした施設であるにも関わらず,施設内虐待が発生している状況である。福祉型障害児入所施設における施設内虐待防止に向けた職員の認識や虐待防止の研修などの取り組みの実態について明らかにするため,先行研究を踏まえて,福祉型障害児入所施設の職員を対象に虐待防止研修や支援の質の向上に関する調査,質的分析を行った。結果,虐待を生む状況,虐待防止の抑止力,職員の認識の変化の 3 つの視点での施設内虐待防止への取り組みが指摘された。複合的要因である施設内虐待に対し,研修の実施だけでなく個人として,組織としての取り組みを連動させる重要性が明らかとなった。福祉型障害児入所施設障害児虐待防止研修社会的養
Current Status and Challenges of Independent Broadcasting Stations:Their Value as Regional Information Resources
日本の民放テレビ放送において,どのネットワークにも加盟していない独立放送局が 13 局存在する。東京や大阪などの広域放送局が放送エリアとする大都市周辺府県の地域放送を補完するものであるが,ネットワークに加盟していないがゆえに経営が苦しく,番組編成も多くの時間をテレビショッピングに割いている状況で,地域情報を発信する役割を十分に担えているとは言い難い。本稿では,独立放送局の現状と課題を探るため,成立過程を概観するとともに関係者へのインタビュー,京都府民等へのアンケート調査を行った。調査からは,独立放送局が在局する地域においては,地域情報を発信する地元のテレビ局として市民に期待を寄せられている一面もあるものの,接触頻度が非常に低いメディアであることが明らかになった。テレビ業界の低迷が著しい中,独立放送局が地域にとって有益な情報を発信し続けるには,経営基盤のぜい弱性の克服など困難な課題が残されている。独立放送局ローカルテレビ地域情報独立放送局ローカルテレヒ゛地域情
Reconsideration of the History of the Capitalistic Spirit Controversy in Japan:Focus on the Contributions of Kanji Naitō, Hisao Ōtsuka, and Ken’ichi Tominaga
1940 年代から 1990 年代頃にかけて,じつに M. ヴェーバーの「資本主義の精神」をめぐる俗流解釈が幅を利かせていた。本稿では,(1)大塚久雄による土屋喬雄批判(1964/1965),(2)内藤莞爾による旧稿(1941)の改稿(1968),(3)富永健一による既往論点の整理と近代化理論の定式化(1990 年前後-1998 年頃)の 3 点を,「日本資本主義精神論争」史上の画期的な転轍点(ターニングポイント)として提示する。先達の仕事は,その貢献にもかかわらず必ずしも充分に評価されてきたとはいえない。「日本資本主義精神論争」はまた,日本におけるヴェーバー受容史と軌を一にしてきた。ヴェーバーの諸論考は,常に他の著作群との「相互補完関係」(折原浩)を念頭に置いて丹念に読まないと,真意を読み損ねてしまう。それゆえかつての俗流解釈が復活を遂げ,亡霊のように我々の周辺を徘徊する事態にいつ出くわさないとも限らないが,これを憂え放置してばかりもいられない。異常を異常として認識し,地道にかつ果断に繰り返し糺し,このましからぬ事態を打開していくことこそ,ヴェーバーに学ぶ者全てに与えられる責務であろう。日本資本主義精神論争内藤莞爾R.N.ベラー土屋喬雄大塚久雄富永健一貢