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Development of Neuromodulation Systems Using Ultrasound Stimulation and Their Applications in Modulating Brain Activity In Vivo [an abstract of dissertation and a summary of dissertation review]
モダニズム期のアメリカ文学におけるケアのはじまりとしての傷つきやすさ : F. スコット・フィッツジェラルド、レイモンド・チャンドラー、ヘンリー・ミラー、J. D. サリンジャー [論文内容及び審査の要旨]
Transnational Practices and Social Spaces : Transnational Migration and the Life-Worlds of Korean-Chinese Communities along the China-North Korea Border
水溶液中観察の高空間分解能化を目的としたグラフェンベース液体セルの開発
液中における化学反応や結晶化等の物理現象は、よりミクロな領域に関心が集まるようになっている。例えば、冷却により液体が凍結する場合、溶質や溶媒がナノスケールで核形成することが結晶化の起点となる。このような微小領域でのダイナミクスを可視化する方法として、液体セルを用いた透過型電子顕微鏡(TEM; Transmission Electron Microscope)による“その場”観察が注目されている。従来型の TEM 液体セルは、アモルファス窒化ケイ素膜を隔膜として用いる。観察対象の液体を 2 枚の隔膜の間にトラップすることで、真空状態にある TEM 鏡筒内での液中試料の観察を実現している。従来型液体セルの高空間分解能化には技術的制約があり、特に軽元素で構成されるナノスケールの結晶核を捉えることは難しい。その解決策として、グラフェン液体セル(GLC; Graphene Liquid Cell)が検討されている。窒化ケイ素膜の代替として、グラフェン膜を隔膜に用いた液体セルである。液体セル自体の厚みが抑制されることから、従来型セルに比べて高空間分解能観察が期待される。加えて、グラフェンにはラジカルの捕捉能があり、液体試料の電子線損傷を効果的に抑制できる利点もある。本研究は従来の GLC を参考として、グラフェンをベース素材に用いた独自の液体セルの開発を行い、希薄水溶液あるいは純水中におけるミクロ現象の“その場”観察を最終的な目標とした。純水を用いて先行研究の再現を試みた結果、そもそも GLC に純水がトラップされる確率は著しく低いことが判明した。観察試料が液体であるならば、意図的に電子線照射量を上げた際に放射線分解が起こることで泡が発生し、それが動き回ることが期待される。本研究で行った追実験の大半において、液体のトラップを示唆するような TEM 像のコントラストは得られず、泡の発生も観察されなかった。GLC の作製方法を変更、あるいは、アモルファス窒化ケイ素膜を組み合わせたグラフェンベース液体セルを開発しても結果は同様でった。一方で、先行研究の報告例に類似する現象を観察できる GLC が稀に形成した。そこで、当該 GLCを冷却しながら TEM 観察を行った。氷結晶が形成するという予測に反し、硫酸アンモニウム結晶に対応する電子回折図形が得られた。硫酸アンモニウムは、グラフェン膜を剥離する際に用いるエッチング液に由来する成分である。つまり、GLC にトラップされた液体はエッチング液のコンタミが主成分であり、少なくとも純水あるいは希薄水溶液ではないことを示している。実は、数十件ある GLC 先行研究の大半において、溶液濃度はトラップ前後で大きく変化する可能性は検討されてこなかった。希薄水溶液を GLC にトラップすると溶液濃度が顕著に上昇する問題が最近になって報告されており、本研究における冷却実験の結果と合致している。一方、エッチング液を直接トラップすると、多数のグラフェンベース液体セルが TEM グリッド全体に形成することを発見した。個々の液体セルはナノ~ミクロンスケールであり、電子線照射により発生させた気泡がセル内を動き回る様子も捉えられた。エッチング液が高濃度の過硫酸アンモニウム水溶液であることから類推し、高濃度の硫酸アンモニウム水溶液を直接トラップしたところ同様の結果が得られた。高濃度塩水溶液のグラフェンース液体セルが高い再現性で形成することにより、微小領域における気泡や分散粒子の運動を液中観察することに成功した。純水あるいは希薄水溶液のトラップ確率を上げるために、高濃度塩水溶液の場合にトラップ確率が高い要因を考察した。まず、隔膜でトラップせず真空環境にオープンな状態で、高濃度塩水溶液を TEM 観察した。真空下にある液体試料は、当然のことながら最終的に蒸発した。一方、その過程で、電子線照射により発生させた気泡同士が、合体する様子が観察された。高濃度塩水溶液は、真空に対して開放状態であっても水の蒸発を一定程度抑制する効果があることが示唆される。裏返せば、GLC やグラフェンベース液体セル中で泡の運動が捉えられたとしても、意図した組成を保った液体試料が観察されているとは限らないということである。すなわち、それら液体セルの密閉性には慎重な議論が必要であることを意味する。高濃度硫酸アンモニウム水溶液をトラップした場合、液体セル中の気泡面積は電子線照射下で緩やかに減少した。またエッチピット法を用いて、セル作製に通常用いられるグラフェンに欠陥が点在することを確認した。液中観察を行うまでには、常圧下での液体セル作・TEM真空鏡筒へのセル挿入による減圧・真空下での保持という段階を踏む必要がある。気泡面積の減少とグラフェン欠陥の確認により、これらの段階において水分子が液体セルからリークしている可能性が判明した。本研究は、先行研究で報告されてきた GLC の再現性検証を足掛かりとして、実用的に液中観察が可能となるような液体セルの形成条件を解明した。純水と高濃度塩水溶液それぞれのトラップ確率が大きく異なることに焦点を当て、現状の GLC 及びグラフェンベース液体セルからは水がリークしてしまうという問題を提起した。また、グラフェン欠陥を被覆することによって水のリークを抑制する試みを行っている。グラフェンベース液体セルの密閉性が向上すれば、純水中または濃度制御した希薄水溶液中におけるミクロ現象の“その場”観察が最終的に実現すると期待される
The Early Development of Education for Conservation of Cultural Property in Japan : Individuals, Organizations, and Universities
本稿では,日本の大学で文化財保存に関する専門的かつ総合的な講座が立ち上がる1960年代半ばよりも前の時期に着目し,文化財保存の教育史を整理した。その結果として,次のような見取り図を示すことができた。まず,明治期以降,何人かのキーパーソンの業績によって文化財保存に関する教育の形成の基礎が築かれた。特に,文化財保護の重要性を指摘して活動した町田久成や,その思想を受け継いで保存技術者の育成や古美術の模写・修復を推進した岡倉天心は重要である。また,後の東京藝術大学につながる山下新太郎,寺田春弌といったパイオニアによる牽引があったことも忘れてはならない。さらに,文化財の保存修復の二大拠点と言ってもよい,古美術保存協議会や美術研究所の影響も大きかったと考えられる。以上のような契機を踏まえて,戦後はいよいよ東京藝術大学において,文系と理系の垣根を超えた協力体制が確立され,文化財保存の研究・教育体制が整っていく。様々な専用設備や施設,予算,教員などが次第に確保されるようになったほか,美術学部の絵画科の教員のみならず,工芸科や彫刻科など,美術学部のほぼすべての学科でも,文化財保存教育に教員たちが協力してきた。このような土台と背景のもとで,1964年に文化財保存修復技術講座が,1966年に保存科学講座が東京藝術大学に設置され,文化財保存の教育・研究が大学という制度と接続することになったのである
Children's War : Cohabitation in South Sakhalin after the World War Ⅱ in Literature
1945年の樺太戦後,サハリン島の南半分が日本領樺太からソ連領サハリン州へと移行し,旧樺太住民の公式引揚が完了するまでの期間において,戦争では敵国どうしであったともいえる日本人住民とロシア人移住者が,同じ家で,同じ地域社会でともに暮らすという特異な時期があった。戦後南サハリンにおける移行期と共住生活は,とりわけその経験者に強烈な印象を残したと考えられ,手記やインタビュー記事などはもちろん,日本とロシアの双方において,作者自身が経験した共住生活をもとに創作された小説も発表されている。本稿では,移行期と共住生活を題材にした2つの小説,ゲンナジー・マシュキン『青い海,白い船』(1965)と渡辺毅「ぼくたちの〈日露〉戦争」(1996)を分析し,戦後の南サハリンやそこでの共住生活が,主に子どもたちの視点からどのように描かれているかを論じる。子どもたちは当初,相手の子どもたちに対して敵意や不信感を抱いているが,共住生活のなかで互いに直にかかわることで感情を変化させ,さらに関係性を築いていく。ときには「疑似戦争」もしながら,子どもたちは子どもたちなりに共住生活やその相手と折り合いをつけ,異なる国や文化の人々と交流しており,2作品からはその様子を読み取ることができるだろう。一方で,作品からもわかるように,共住自体が一筋縄ではいかないのだが,その共住を描くということも,困難さや複雑さをはらんでいる。ソ連対日本という二項対立にもとづくステレオタイプは,表現する側はもとより,作品を享受する側にも影響していると考えられる。また,ソ連の移住者と日本人の旧樺太住民だけでなく,樺太に住んでいた,または大陸から移住してきた,朝鮮人や先住民たちの存在も無視してはならない。戦後80年が経った現在,世界各地で戦争や紛争が絶えない一方で,インターネットやSNS などを通じて世界中の人々が結びつき,広義では「共住」状態にあるといえる。そのような時代だからこそ,戦後南サハリンにおける移行期と共住生活について,あらためて考える意義があるだろう
Becoming and Forming Lesbian Sexuality : Focusing on the Representation of Yuri Manga in the 2000s
本稿は林家志弦『ストロベリーシェイク』(二〇〇三~二〇〇八年)を主要な研究対象として、ゼロ年代の〈百合〉表象における少年・青年マンガのラブコメディの受容に焦点を当てて、ラブコメディの表現技法がどのように恋愛感情に伴うレズビアン・セクシュアリティの描写に用いられるのかについて、考察を試みるものである。一九七〇から一九九〇年代の少女マンガにおけるレズビアン表象を踏まえ、専門誌『百合姉妹』及び後継誌『コミック百合姫』において形成されたゼロ年代の〈百合〉表象は、レズビアン・アイデンティティの成立、異性愛制度との葛藤などの問題関心を継承しながら、女同士の性交渉を含む性表現を積極的に行い、恋愛関係の持続を示すハッピーエンドを設定する、といったパターンが構築された。加えて、セクシュアルに関わる自傷行為や暴力被害の減少と共に、キャラクターが恐れずにカミングアウトする描写が増えた。そのようなパターンに対して、『ストロベリーシェイク』はラブコメディの形式を通じ、異性愛の性的行為のパロディとしてレズビアンの性表現を滑稽に描く。と同時に、主人公たちの性交渉を先延ばしにしながら、フキダシ、ナレーション、オノマトペ、同時的な複数の発話などの音声の表象を複合的に用い、恋愛関係の成立までの心理感情を微視的に描く。さらにその音声の表現技法により、レズビアン・セクシュアリティのパフォーマンスをめぐる擬似的な体験を作り出す。フキダシに関する表現技法は、少年マンガ『うる星やつら』の第一話「かけめぐる青春」から横領したものである。キャラクターの内面としての恋愛感情の描写に対して、『うる星やつら』第一話ではスポーツ競技の形式に基づき、男女の恋愛模様が身体の運動の表象として描かれる。加えて、マスメディアの無責任な実況中継、観客の感情的な観戦行動がパロディ化され、ストーリー展開に軽快さをもたらす。一方、『ストロベリーシェイク』はレズビアンの恋愛関係そのものを実況中継するという趣向やツッコミなどの形式を通じ、恋愛感情を解説する役割を他のキャラクターに割り当てる。その中継・解説のフキダシにより、読者とキャラクターの心理的な距離感が縮まり、レズビアン・コミュニティとの連帯という擬似的な体験が作り出される。また、フキダシの形状によるセリフの属性と、フキダシの順序による時間的な連続性を複合的に用い、レズビアンが自らのセクシュアリティを認知した瞬間を捉えるというフキダシの表現技法をも創出する。こうして、少年・青年マンガの表現手法の横領により、レズビアン・セクシュアリティを描く〈百合〉表象がラブコメディとして普遍化される。『ストロベリーシェイク』の単行本のレーベルが少女マンガから少年マンガへと変更されたように、ゼロ年代の〈百合〉表象におけるジャンル横断の特徴が示される。その意味で、『ストロベリーシェイク』は二〇一〇年代に巻き起こる男性向けの〈百合〉ブームを牽引した作品なのである