Mukogawa Women’s University Repository / 武庫川女子大学リポジトリ
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The Glory and Failure of Pullman Town, a Model Workers' Community in the United States ―Exploration some of the causes of its failure through a comparison of Pullman and Krupp.―
G.プルマンはシカゴ南部に1880年から,プルマン豪華車輛会社の工場と1,700戸余りの豪華で高品質な住宅やホテル等の施設を含むプルマン・タウンを建設した。目的は,シカゴの労働運動に関する『有害な影響』を合理的で美的な都市環境に置き換えて,労働者の生活を向上させ,左傾化しない安定した労働力を確保することだった。だが同町では,周辺より高い家賃,住宅の所有や酒類販売の禁止,様々な課金手段の適用等に,住民の不満が溜まっていた。その中で1894年の不況でのリストラと賃下げから,プルマン・ストライキが発生した。一般にはその原因はG.プルマンの強権的家父長主義だとしているが,それ以外に,豪華で高品質な建築群の高い建設コストに起因し,社宅を含むあらゆるものから利益を得る事業スキームが,労働者の負担力を超えたという点が明らかになった。In 1880, George Pullman began to build Pullman Town on the south side of Chicago. It included the Pullman Palace Car Company’s plant and more than 1,700 beautiful, high-quality houses, a hotel, and other facilities. The aim was to replace Chicago's "baneful influence" on the labor movement with a rational and aesthetic environment and to improve the workers’ living conditions and stabilize the workforce. In the town, however, rents were higher than in the surrounding areas, home ownership and liquor sales were prohibited, and the residents were billed for various things. All of these frustrated the residents. Under this situation, restructuring and wage reductions triggered by the 1894 depression led to the Pullman Strike. The strike has been generally attributed to G. Pullman's authoritarian patriarchalism, but other than that, it became clear that the business scheme, which profited from everything, including company housing, due to the high construction costs of the luxurious and high-quality buildings, exceeded their affordability by the workers.departmental bulletin pape
The Study on the Outcome Measures for the Medical Nutrition Therapy in Two Populations with Reduced Activities of Daily Living
武庫川女子大学博士(食物栄養学)doctoral thesi
Proposal of a New Framework for Information Utilization Ability Based on a Comparative Study With International Digital Media Utilization Competency Frameworks
本稿は,国際的なデジタル・メディア活用コンピテンシーである欧州委員会のDigCompおよびユネスコのMILと,我が国の情報活用能力との比較によって得られた先行研究の知見に基づき,現在の情報活用能力の弱みや不足を補う,情報活用能力の新たな枠組みの構成と内容を検討した。まず,情報活用能力の最上位のコンセプトと,教育課程で用いる発達段階別の具体的な体系表との中間層に,領域,主題,習熟度レベル,具体的記述の4階層で構成される枠組みを新たに位置づけた。次に,コンセプトレベルでは,現在の情報活用能力に不足している,社会的インクルージョンや積極的なシティズンシップ,メディア・リテラシーの概念などを取り入れることとした。4階層の領域と主題には,情報へのアクセスと情報の管理,情報の多様性・影響とメディアの理解,情報の吟味的評価,表現・創造とライセンスの理解,コミュニケーションと協働,安全・セキュリティ,コンピューティングとデータの活用,自立したデジタル・情報メディアの活用の8領域27主題を設定した。習熟度レベルの基準は,発達段階別ではなく,自立性と課題の複雑さとした。departmental bulletin pape
A Retrospective Analysis of Musicking by a Practitioner-Researcher in the Realm of Music Education
本研究では,音楽演奏と音楽教育の実践者であり研究者である筆者が10年間に亘り参画してきた,音楽コミュニティの形成を見据えたミュージッキングの事例を,回顧的に検証するものである。初期のミュージッキングは,クラシック作品を題材に設定し,既存作品をアレンジして実践されていたが,直近の実践では,参加者のニーズに沿って,より即興性が高く,既存の音楽作品に全く依存しない題材を用いたミュージッキングの実践に,段階的に移行してきた経緯がある。
紙面の関係で,詳細を示すことはできないが,ミュージッキング実践の変容の過程を振り返り,初めて会ったもの同士で,特段音楽の専門知識や技能を有していなくても,異なる他者同士が出会い,共に関わり合って音楽することができる,実践の特長を検証した。またミュージッキングの実践を,工夫して改善することで,人々の社会的なつながりを促進する媒体になり得る可能性を示した。departmental bulletin pape
Music Policy and Social Issues: From Artist Support Measures in France
フランスにおける「現在の音楽」領域で活動するアーティスト支援策を検討するにあたり,まず同領域を政策対象とした文化省音楽部門長の言説から,「現在の音楽」を政策対象とすることは,「音楽の民主化」を実現するためで,音楽政策が社会政策としても位置付けられていることを明らかにした。つぎに検討した 2024年文化省予算では,雇用に重点がおかれ,実演芸術領域では,専門基金によって雇用主への補助金交付やアーティスト等の生活支援,実演ショーを提供するカフェ等への補助金交付をしていることを理解した。最後に,文化省がオーディション・イベントの開催とデビュー後のプロ化支援を行い,「国立音楽センター」は,既に活動している者を対象とする研修プログラムを提供していることを確認した。以上から,フランスのアーティスト支援は,才能の発掘から安定的な雇用とキャリア形成まで持続的な活動を可能とする総合的支援であることが明らかになった。departmental bulletin pape